2016年1月15日金曜日

擲弾筒運用一考

Q.擲弾筒の役目は?

A.主として突撃動機の作為、状況により突撃発起後不意に現出する敵自動火器の制圧、逆襲阻止等に使用する。(歩操 第152)

実戦では案外ポンポン撃っていたのかも知れないが、歩兵操典が擲弾筒に求めているのは「主として突撃動機の作為」。つまり、小隊の突撃目標の制圧である。
初年兵教育(山崎慶一郎 著,1943)では、これについて2つの理由を挙げている。

「1、擲弾筒は擲射弾道にして神速機敏なる制圧効果の発揚に便利ならず
2、携行弾数は僅少なり」(p.136)

Q."擲弾筒は擲射弾道にして神速機敏なる制圧効果の発揚に便利ならず"というのは具体的にどういうことなのか?

A.擲弾筒は曲射砲なので弾道が山なりとなり、弾着まで時間がかかるため「すぐに敵を殺傷、制圧」できないということ。

擲弾筒の撃発後、射弾が着弾するまでにかかる時間は「射撃距離のメートル数の百の位の2.5〜3倍」。射距離400mの場合、約11〜12秒。
また、射撃目標に対して射撃するために停止し、配置につき、擲弾筒を据え、方向照準、距離分画の装定、弾薬手による弾薬の装填、撃発。という一連の操作にも時間がかかる。(教本の書き込みでは約12〜13秒)

擲弾筒の射撃は、距離や状況等により変化するものの、射撃準備から弾丸の弾着まで大体20〜30秒前後かかるということになる。
小隊の突撃目標の制圧のような、どちらかと言えば静目標に対する射撃が主任務となっている理由もなんとなく理解できるのではないだろうか?

Q.小隊内における一般分隊と擲弾分隊の運用の違いは?

A.一般分隊は分隊長が比較的自由に運用。擲弾分隊は小隊長の直轄的運用。

射撃が行われる前の段階で、小隊長は各分隊に攻撃目標等を示して小隊を展開する。各分隊は小隊長の攻撃目標等の指示に基づいて前進する。
この辺りは一般分隊と擲弾分隊で違いはほとんど無いが、「射撃」に関しては運用の違いが色濃く出ている。

擲弾筒分隊の射撃は「通常小隊長の命令に依る。分隊長は目標、距離分画、要すれば筒の位置、射向修正量、弾種を示し発射を号令す」(歩操第126)とある。

一般分隊は「展開後に於ける分隊の前進、停止及び射撃は分隊長直接指揮す」(歩操第149)という記述に加え、「小隊長の命令に基き適時射撃を開始する」(歩操第121)とあり、(一般分隊の)分隊長にある程度独断の余地を与えていることを示すような記述となっている。

一方、今一度擲弾分隊の射撃に関する記述(歩操第126)を見てみると、「小隊長の命令に基き」ではなく「小隊長の命令に依る」となっている。

擲弾分隊に関して小隊長が行う指示の内容は「擲弾分隊に射撃を命ずるには通常目標、距離及び発射弾数、要すれば使用筒数、射撃の目的、射撃位置、弾種等を示す」(歩操第152)であり、歩兵操典の第126の記述と併せて見てみると、擲弾分隊の分隊長が独自に行う指示は「筒の位置」と「射向修正量」を示すくらいである。(距離分画は小隊長の指示と違うものになるかもしれないが)

小隊の展開以後、一般分隊は運動から射撃まで半ば放任的に運用されるのに対し、擲弾分隊は小隊長が比較的強度に統制しているように見える。
この理由は前述の擲弾筒の主任務が小隊突撃目標の制圧にあることが大きいだろう。
携行弾数も少なく、射撃も即応性に乏しい。
擲弾分隊は分隊長が自由に運用するよりも、小隊長が小隊の戦闘を俯瞰して見た上で、必要な時(突撃直前等)に射撃を行わせる。という方式で運用する方が弾を節約できて効果的な運用もできるのだろう。

Q.擲弾筒の照準と射撃法は?

A.筒身中央にある方向照準線を照準点に向け、筒を45度の角度に保持。
整度器を操作し、分隊長から示された距離分画の数字に合わせ、引革(引鉄)を引き撃発する。


擲弾筒の「射撃角度45度保持」の練習時には射角器や角度桿といった補助機材を使って、正確に45度の射角を取れるように訓練する場合があるが、こういった補助機材を使うのは教育の初期の段階まで。

初年兵教育p.143
「射角器の使用は正確なる角度の標準を理解せしむる為初期に於いては之を使用するを可とするも之にのみ頼らしむるの習慣を付くるは適当ならず是擲弾筒の軽快なる特性に反すればなり」

昭和12年歩兵操典草案の頃の擲弾筒の射角は「概ね45度」であった。
第六十九 ...筒を概ね四十五度の角度に保持し...」

教練書の類は基本的に典範令を基に編纂されるので、草案と同様に「概ね45度」という記述、あるいはそれに準じた解説等がなされていた。

戦闘各個教練ノ参考{小銃 擲弾筒 軽機関銃}第壹巻p.55
「三、射角
射角は概ね四十五度を基準とし一定なる如く筒を保持するを要す蓋し仮令正確に四十五度ならざるも常に一定に保持せば射撃に何等支障なきも射角が発射毎に変らんが射撃修正混乱し命中を期し得ざるに至るべし」

このように大体45度で良かった射角だが、昭和15年歩兵操典からは「概ね」という語が取り払われ、
第四十二 ...四十五度に保ち...」
という記述となり、表向きには「正確に45度」の射角で射撃するものとなった。

教練書等でも正確に45度に保持できるように演練を行え。といったニュアンスの記述は多い。

とはいえ、常に正確に45度の射角をとるというのは現実的ではない。
そもそもの話として、この「45度の射角」は、器材を使って計測するわけではないので、どんなに演練を重ねたとしても、少なくとも±1〜5°くらいの誤差が出ると考えるのが自然である。
常識的に考えれば「実際には“概ね45度”の射角で運用されていたんだろう。」と、ほとんどの人が思うだろう。

実際、草案の頃の記述がそうであったように、擲弾筒は「厳密に45°の射角でなければならない」というわけではなく、多少の誤差は問題が無かったようである。

初年兵教育pp.142-143
「三、射角は正しきに越したることなきも器械を用いざる以上若干の誤差は免れ難し
然れども僅少の誤差は射程上大なる影響を与えざる所に本兵器の特徴あり其の関係左の如し

(1)射程の増減
薬室容積変化に伴う瓦斯圧力の作用・・・大
射角の増減・・・小

(註)小銃は射角の増減が射程増減作用の総てなり故に其の頭を以て擲弾筒を律するは大なる誤なり

(2)四十五度より(+)、(−)、各五度附近迄は同一分画に於ける射程上の差異は僅少なり夫れより弾丸を目標に導かざるは他に大なる原因あり即ち目測誤差及風の影響、弾薬の不良是なり

(3)擲弾筒の如き曲射弾道の火器と小銃の如き平射弾道の火器とに於て同一角度の増減を以てする射程上の影響は同日の談にあらず

右の如くなるを以て射角のみ如何に正しくとるも他の影響に依り正しく弾丸を目標に導くこと困難なると共に一方射角の僅少なる誤差は小銃の如く大なる影響を及さざる点に留意するを要す
故に擲弾筒の射角附与の要訣は四十五度にして常に一定(縦い誤差あるも常に同一方向にして概ね同量)なるを要す」

では、昭和15年歩兵操典の記述がおかしいのかと言えば、一概にそうだとは言えないだろう。
概ね45度の角度で構えろ」と教える場合と「正確に45度の角度で構えろ」と教える場合、どちらがより「概ね45度に近い角度」で構えられるようになるだろうか?

実際には「概ね45度」になるのだからわざわざ「概ね」という語句を残す必要は無い。また、「概ね」と記述されているから「テキトウで良いのだろう」というように解釈されてしまう恐れもある。
マニュアルは端的かつ明快な記述であった方が良い。「概ね」は不要である。

という経緯があったのかは定かではないが、いずれにせよ擲弾筒の射角は、“ 45°の角度がとれていれば大した問題は無い” 程度に「テキトウ」で良かったのである。

方向照準は筒身の中央に引かれた方向照準線を用いるが、方向照準線が目標と一致することはそうそう無かったと思われる。
というのも、擲弾筒は腔綫がある関係上、射弾が右へ流れる(偏流)。(諸兵射撃教範 第1部、第6)

擲弾筒の偏流修正量は
100〜200m 40密位
300〜400m 30密位
500〜800m 20密位

要するに、300m先の目標を照準する場合は目標から30密位左を照準することになる。
また、風が吹いていた場合も左右にいくつかズラして照準することになる。

擲弾筒の筒身の幅は約5cmで、約100密位でもある。(射教1附図第3)
中央の方向照準線は左右50密位の基準となるし、5mm刻みに線を引けば10密位刻みの目盛りとなる。擲弾筒手は必要であれば、個人で線を引くなどしていたものと思われる。

Q.擲弾筒分隊の射撃関連の号令や動作は?

A.
資料によって若干異なっていたり、そもそも記述が無いことのほうが多いが、歩兵操典では「通常小隊長の命令に依る。分隊長は目標、距離分画、要すれば筒の位置、射向修正量、弾種を示し発射を号令す」(歩操第126)
とされており、擲弾分隊の射撃は小隊長が指示を出すことから始まる。(歩操第152)

例:3筒編成の擲弾分隊が火点に対して射撃

小隊長「第4分隊は“スギ”の火点に対し集中射撃準備 270 各筒7発 射撃開始は別命す」
(小隊長が分隊に対して目標、距離、発射弾数を指示。すぐに射撃を行わせる場合は「直ちに射撃開始」)

小隊長から命令を受けた分隊長は分隊に対し目標等を示す。(歩操第126)
分隊長「目標 一本松の右端より右50密位、左80密位にわたる火点 270 20右へ」
(目標、距離分画、射向修正量を指示)

横風が吹いている場合は分隊長が号令で修正量(射向修正量)を示す。(歩操第126)

風速1mに応じた修正量の基準は以下の通り

射距離200m 1密位
射距離300m 2密位
射距離400m 3密位
射距離500m 4密位

例えば、射距離300mで風速5mの場合は「5×2=10」となるので10密位修正する。

風が斜めから吹く場合
風が射線に対して0〜20°の角度で吹くときは修正せず。
およそ30°の場合は0.5。およそ45°の場合は0.7を風速に掛ける。
60°〜90°は直角の風として扱う。(修正量の基準を適用)

例として、
距離300 風向30° 風速7m
7(風速)×0.5(30°の係数)=3.5≒4
4×2(距離300mにおける修正量)=8≒10(修正量)
距離500 風向45° 風速6m
6(風速)×0.7(45°の係数)=4.2≒5
5×4(距離500mにおける修正量)=20(修正量)

右から左・左から右。どの方向へ吹いている風なのかによって右に修正するのか左に修正するのか決まる。
右からの風であれば(弾は左へ流れるので)右へ
左からの風であれば(弾は右へ流れるので)左へ
例えば、「距離300m 風向30° 風速7m 右から左」の場合の修正号令は「10右へ」となる。

各擲弾筒射手は、分隊長から指示された距離分画を装して、その結果を報告する。(歩操第44)
各擲弾筒射手「270」

各擲弾筒射手「込め」
の合図で第1弾薬手が弾薬を装填。(歩操第127)

装填が終わった射手は、
各擲弾筒射手「(第◯) 準備終わり」※()内は擲弾筒の番号
と報告する。(歩操第44)
※以下射手の報告等は省略

各擲弾筒の準備が終われば分隊長は小隊長へ、
分隊長「準備終わり」
と報告。
小隊長は分隊長の「準備終わり」の報告を受けてから時期をみて、
小隊長「射撃開始」
と命じ、分隊長は各擲弾筒に射撃(指命射)を行わせる。(歩操第126)
分隊長「第1 撃て」
第1擲弾筒射撃
分隊長「第2 撃て」
第2擲弾筒射撃
分隊長「第3 撃て」
第3擲弾筒射撃

弾着を観測し、方向と距離の状況を判定。
分隊長「近し右、近し右、近し方向良し」
分隊長「310」

射距離の修正は、射弾が全て目標の手前(近)に落ちるか目標を超過(遠)した場合は40m修正。
(射距離300 全弾「近」→340、全弾「遠」→260)

遠近の比が1/3以下の場合(1/3を含む)と、射距離修正後の射弾が全て修正前の結果の反対側に落ちた場合は20m修正。
(4筒射撃 射距離300 近:遠/3:1→320、近:遠/1:3→280)
(射距離300 第1回目指命射全弾「近」→340、第2回目指命射全弾「遠」→320)


同一の射距離での射撃の結果は総合して判断する。
(3筒 射距離300 1回目指命射 近:遠/2:1、2回目各個射2発 近:遠/5:1=近:遠/7:2→320)
(3筒 射距離300 1回目各個射2発 近:遠/2:4、2回目各個射3発 近:遠/2:7=近:遠/4:11→2回目各個射のみの結果だと遠近比は2:7で1:3より小さいが、1回目と2回目の結果を合計した遠近比は4:11で1:3より大きいので修正しない)


指命射では方向の修正(右・左にどれだけズレているか)は、各擲弾筒の射手が行う事になっている。(射教2第179)
射手が擲弾筒の筒身幅等を活用して方向上の修正量を測ることが出来る。というのは既に説明した通り。
本例に限らず各種資料でも分隊長は「右」だとか「方向良し」といったことしか言っていないような記述が多いが、射手の能力や状況如何によっては分隊長が修正量を示していた場合が多いのではないかと思う。
(下士官の双眼鏡には5密位刻みの目盛りがある上に、専門的に観測の教育を受けて演練するので具体的な数値を示すことができたのではないかと思う。分隊長の能力が低い等の場合は、おそらく小隊長が補助するものと思われる)

分隊長が射撃後に方向修正量を示す場合は、
分隊長「近し右、近し右、近し方向良し」
分隊長「第1 10左へ、第2 25左へ、第3 修正せず」
といった具合になると思われる。
(明確に記述した資料がほとんど無かったので推測だが)

全弾「近し」だったのでもう一度指命射で様子を見る。
(全弾「遠し」でも同様。これを“点検の複行”と呼ぶ)
分隊長「第1 撃て、第2撃て、第3撃て」
分隊長「遠し左、遠し右、遠し方向良し」
分隊長「290」

射弾が前回と反対に落ちたので射距離を20m修正。
射距離は310から290へ。
第一回目の指命射が全弾「近し」、今回の指命射が全弾「遠し」で夾叉が成立したので各個射へ移る。
(この射撃で射弾に遠近が混ざった場合も同様に各個射へ移行。相変わらず全弾「近し」、「遠し」の場合はもう一度指命射を行う)


各個射を行う場合、分隊長は射撃弾数を示して射撃を号令する。各個射の射撃弾数は通常2〜3発。(歩操第44,射教2第176)
分隊長「各個に2発 撃て」

各擲弾筒は最大の速度で指示された弾数を射撃し、所命の弾数を撃ち終えたら、
各擲弾筒射手「(第◯) 撃終り」
と報告する。(歩操第44)

分隊長は射弾を観測。
分隊長「遠し左、疑わし右、近し右、疑わし左、遠し右、近し右」
「疑わし」は、遠近どちらの弾着か分からなかったもので、射距離修正の判断材料から除外される。(射教2第181)
(※射撃結果の発唱は少なくとも訓練の段階では行うようだが、実戦でも同様に発唱していたかは不明)

各個射の観測と方向修正は分隊長が行う。(射教2第179)
各個射では、全射弾の偏差量(ズレの量の事。密位で示す)を平均した数値(平均偏差量)を反対方位に修正する。(射教2第180)

例えば、上の射撃結果で得られた方向上の偏差量が
「-5、+15、+4、-8、+12、+10」※(-)は左、(+)は右
であった場合、これを計算して平均を出すと、
(-5+15+4-8+12+10)/6=+24/6≒+4
となる。

しかし、擲弾筒は詳細に方向照準を行えるような照準器の類が無いので細かい修正は難しい。そのため、基本点に方向修正量は5密位刻みで示していたようである。

つまり、今回の場合の方向修正量は、
分隊長「5つ左へ」
射距離修正は無し。(「疑わし」を除外、遠:近/2:2)

射弾が偶数なら中央の2つの射弾の平均偏差量。奇数なら中央の射弾の偏差量の数値。射弾の半数以上が同一の偏差量であれば、その偏差量を採用すれば平均偏差量に比較的近い数値が得られる。
必ずしも全弾の結果の平均を計算しなければならないというわけでもない。
(射弾が多いと把握も計算も困難であるから、実戦等ではこれらの方法を主に使っていたのではないかと思う)

分隊長「各個に3発 撃て」
分隊長は射弾を観測。結果を発唱。
命中弾無し。火点は未だ沈黙せず。

小隊長から示された発射弾数は各筒7発。
指命射を2回(各筒1発×2)、各個射を2回(1回目各筒2発、2回目各筒3発)
合計各筒7発。小隊長が命令した発射弾数を全て撃ち終えたので、この擲弾分隊の射撃はひとまず終了。

分隊長は「所命弾撃終り」を小隊長に報告。次の指示を待つ。
あるいは、「第1分隊が目標火点に緊迫。突撃の機会を伺っている。今、擲弾分隊が射撃を行い、一瞬でも火点を沈黙させれば第1分隊が突撃を敢行しそうだ」といったような状況であれば、分隊長が独断「各個に2発撃て」と命令することも可能。

実戦では省略されていたり、部分的に違う可能性があるかもしれないが、以上が擲弾分隊の戦闘時(教練段階)の動作、号令の一例である。

Q.擲弾筒はジャングル戦において有効な兵器か?

A.活躍したという話は良く聞くが、これに関しては一考を要する


擲弾筒は瞬発信管(八八式小瞬発信管)を使用することが"基本"であったようで、『擲弾筒取扱上ノ参考』にも瞬発信管しか記載されておらず、各種教本でも瞬発信管での運用が前提であるような記述となっている。
これがどのような問題を引き起こすのか?
各種資料の記述を見れば一目瞭然である。

擲弾筒取扱上ノ参考p.34
「十一、壕内若くは堤防下に於て射撃する場合弾丸を前岸に撃突せしめざること必要なり筒軸の延線上に電線及樹枝等の存在する場合に於ても同じ之が為樹木下、電線下に射撃位置を選定するは成るべく之を避くるを要す」

擲弾筒教育ノ参考 p.7
「樹木等を遮蔽物として利用する場合一葉一枝と雖も弾道に触るときは◯◯信管は直に爆発すべし」

初年兵教育p.219
「樹木等を遮蔽物として利用する場合一葉一枝と雖も弾頭に触るるときは瞬発信管は直ちに爆発すべし」

戦闘各個教練ノ参考{小銃 擲弾筒 軽機関銃}第壹巻pp.60-61
「2 樹木等を遮蔽物として利用する場合一葉一枝と雖も弾道に触れざること必要なり
又遮蔽物として利用せざる場合に於ても樹枝等の為不時の爆発を来たし危害を友軍に及さざる着意極めて緊要なり」

歩兵教練ノ参考(各個教練) 第一巻pp.143-144
「2、観測に支障なき限り勉めて遮蔽せる位置を選ぶこと
遮蔽物の後ろに止板の位置を定むるに方りては遮蔽物に射弾の触れざる如く適宜離隔して之を定む之が為遮蔽物と筒位置との距離は遮蔽高より大ならしむるを要す又弾道上に樹枝、電線等在らざること必要なり」

つまり、射弾の弾道上に何かある場合は実質射撃不可能(射撃自体は可能ではあるがなるべく避けるべき)であり、密林や森林地帯で射撃を行える状況というのは案外限られていたということになる。

擲弾筒部隊、あるいは敵が森林内にいる場合は、射弾が敵に到達する前に爆発する可能性がある。
擲弾筒の榴弾の効果半径は約10mなので、擲弾筒の弾道上10m以内に木々や枝等が存在した場合は、射撃を行った擲弾筒部隊が自身の射弾によって被害を被ることになる。
一方で無事に射撃出来たとしても、(極端な例ではあるが)例えば敵が10m近い木々の下に陣取っていた場合は、擲弾筒弾は敵の頭上に広がる木々、枝、葉っぱに当たって起爆。結果、敵には被害を与えられないということになる。
木々が密生していれば、爆発の衝撃も飛散する破片も木々が吸収してしまうから、効果が薄くなってしまう。
(森林内にいる敵に対して射撃した場合は、仮に一切の直接的な被害を与えられなかったとしても、頭上で何かが爆発することへの恐怖といった「精神的な被害」はそれなりに与えられるのではないだろうか)

また、擲弾筒の射撃位置が森林内でなくとも、背の高い草が生い茂っているような場所での射撃も同様に爆発の危険があるようで、

歩兵教練ノ参考(各個教練) 第一巻p.145
「三 地形地物の改修
地形地物は常に希望通のもののみにあらず宜しく之を改修し筒の最大威力を発揮せしむるを要す
...或は「ボサ」等の中にて射撃するを要するとき弾丸が草、樹枝等に触れざる如く之を除去するが如き等是なり」

といった記述も見られる。(弾道に悪影響を与えるといった理由もあるかもしれない)

では、信管を少し鈍感にすれば良いのかといえばそう単純な話でもない。
擲弾筒の弾丸は低初速で飛行するため、信管の安全解除 (撃発時の慣性、弾丸飛行時の遠心力等により撃針が雷管を衝けるようになる)も低初速の環境で行わなければならないため、信管の安全解除の機構はそれに応じて鋭敏なものとなっていた。
これに加えて、初速が小さいということは着弾時の衝撃も小さくなるから、安全装置の機構だけでなく、撃針が雷管を衝く機構も鋭敏でないといけないということになる。

擲弾筒取扱上ノ参考』には、
「弾丸の装填に方り信管頭に指を掛くべからず信管頭部を強く押すときは八九式榴弾に在りては過早破裂を生起する危険あり」(p.33)

とある。つまり、森林で撃てないどころか、ちょっとした衝撃で信管の安全が解除され、射撃してすぐに爆発を起こす可能性がある。実際、結構発生した*そうである。
*(佐山二郎『大砲入門』pp.265-266)

擲弾筒の信管(八八式小瞬発信管)は、全般的に鋭敏なものとなっていたがこれには上述の通り理由があるので、これを鈍感にしてしまうと今度は安全の解除がなされず不発。あるいは着弾時に撃針が雷管を衝かず不発。といったことが起こる可能性が増えることになる。

瞬発信管を鈍感にできないとなれば、森林等で撃つためには瞬発信管以外の信管(真っ当に考えれば短延期信管だが、弾丸の経過時間等を考えれば時限信管の方が良いのだろうか?)を使わなければならないわけだ。
しかし、擲弾筒の参考書に記載されていないような信管が一般的に使用されていたのか?必要な時に支給できたのか?といったことを考えるとなかなか怪しいものではある。(そもそもあったのだろうか?)※

要するに、ジャングルで擲弾筒を使用するには、第一条件として擲弾筒の弾道上に木々が無いか少ない場所でなければいけないのである。(平射射撃という例外はあるが、これが公式に採用されたのは1945年に入ってからの話である)

活躍したという話の裏に、活躍できなかったという話が山のように転がっているかもしれない。

※2016.5.8 追記:米軍の敵兵器等のカタログ(Catalog of Enemy Ordnance Material)に「89式小時限信管(Type 89 Small Time Fuze)」という擲弾筒・70mm迫撃砲・火砲用の時限信管が掲載されている。 

また、米軍のテクニカルマニュアルの1つ、"TM 9-1985-5" の方では、「九五式発煙弾」に使用されていたということを示す図や文がある。(榴弾の方は「八八式小瞬発信管」のみ記載されている)
どうやらこの「89式小時限信管」は、発煙弾に装着する信管のようである。

旧軍側の資料では、アジア歴史資料センターの「八九式重擲弾筒弾薬九五式発煙弾仮制式制定の件」(JACAR Ref.C01001510500)中に「信管は八九式小曳火信管なり」(ページ8)とある。
榴弾の使用時、「状況に応じて信管を選定する」といったような記述は、今まで読んだ擲弾筒関連の教本等に限って言えば見た記憶がないので、おそらくこの曳火信管は、基本的に発煙弾専用だったのではないかと思う。


参考文献

・陸軍歩兵学校『擲弾筒教育ノ参考』兵書出版社,1937
・陸軍歩兵学校『戦闘各個教練ノ参考{小銃 擲弾筒 軽機関銃}第壹巻』丸兵書店,1938
・『歩兵操典』川流堂 小林又七,1940
・關太常 編纂『歩兵全書』川流堂 小林又七,1940
・陸軍歩兵学校『擲弾筒取扱上ノ参考』軍人会館図書部,1941
・陸軍歩兵学校『歩兵教練ノ参考(1〜3巻)』軍人会館図書部,1942
・『兵学研究 琢磨』 第十二巻、1、3、9月号,1943
・山崎慶一郎『初年兵教育』琢磨社,1943
その他、部隊教練計画等のガリ版資料も参考とした