2015年11月6日金曜日

鉄条網の突破

今、眼前にはどれ位の兵力かわからないが、壕や掩体に拠って防御している敵の集団がいる。
敵が潜む塹壕の前方50m付近には、確認し辛いが鉄条網が敷かれている。
また、どこにあるかはわからないが、鉄条網に沿った射線を確保し、こちらが鉄条網に近接するか、通過しようとした時に射撃を始める側防機関銃等もあるだろう。

敵がどういう状況か分からないが、どのような状況であれ、敵陣に侵入するために行わなければならないのが鉄条網の処理である。
旧軍ではどのような鉄条網の処理を行っていたのか見てみよう。

鉄条網の破壊方法
作戦要務令 第二部
第百三十六 障碍物破壊の時機、方法及破壊口の数は我が企画に基き障碍物の状態、第一線歩兵の部署、戦車の有無、砲兵力就中準備弾薬数等を考慮して之を定むべきものとす
障碍物破壊の為戦車を以てするは地形及戦車の兵力之を許せば実施最も容易なり又砲兵及歩兵重火器を以てするは観測之を許せば実施容易なりと雖も多数の火砲(火器)特に弾薬を必要とす故に所要の戦車なき正面に於ては歩、工兵を以てする破壊作業に依り又は之と火砲(火器)とを併用するものとす後者の場合砲兵をして少数の破壊口を完成せしむべきや或は多数の破壊口を概成せしめ歩、工兵の作業を以て之を補足せしむべきや等は状況に依る而して数線の障碍物に対しては第一線の破壊は通常歩、工兵をして之に任ぜしむるを可とす
歩、工兵を以て障碍物を破壊する場合に於ては此の動作を妨害すべき敵特に機関銃に対し適切なる掩護の方法を講ずるを要す此の際為し得れば煙を利用するを可とす
歩兵の攻撃前進間砲兵等を以て障碍物を破壊せしむる場合に於ては突撃前歩兵をして之が完了を待つ為長時間敵前近くに於て停止するの止むなきに至らしめざるを要す」

砲兵による処理
砲兵操典(昭和4年)
第千十二 ...鉄条網に対しては通常瞬発信管附榴弾を使用するも十五榴に在りては鋼性銑榴弾を用うることあり而して命中角小なる虞あるときは野、山砲に在りては短延期信管を又十五榴に在りては大なる落角を得べき装薬を使用す
鉄条網の破壊に要する弾薬数は砲種、弾薬の種類、射距離、射撃の精度、射弾観測の難易、目標の状態特に其の数及び相互の距離、目標付近の傾斜の度、破壊口の幅員等に依り異なるものとす」

砲兵操典 第三部(昭和16年)
第百二十五 ...鉄条網破壊の為各部隊に目標を配当するに方りては特に第一線歩兵と鉄条網との関係、鉄条網の位置及所要火力を考慮すること必要なり而して通常野、山砲を使用し其の死角内のものを破壊するを要する場合に於ては十榴を使用するものとす
鉄条網を破壊するには通常目標毎に一中隊を配当し瞬発榴弾を用ひ射撃するものとす」

(1)歩兵の攻撃前進に先立って行うもの
作戦要務令 第二部
第百三十二 状況特に敵陣地の強度に依り要すれば攻撃準備射撃を行う此の射撃は歩兵の攻撃前進に先だち我が砲兵を以って障碍物、側防機能及び陣地設備の破壊、指揮組織の崩壊、敵砲兵の制圧為し得れば破壊を行うものとす」

砲兵の鉄条網処理は分類して二つ。
一つ目は、歩兵の攻撃前進の前に行われる「攻撃準備射撃」で鉄条網を破壊してしまうという方法である。
鉄条網処理の手段としては好ましい方法だが、真面目に鉄条網の破壊を行うのは非常に弾薬を消費する。

『戦闘綱要に伴ふ砲兵隊教育に関する訓令に依れば、鉄条網に対し三千米の射距離で、深さ(※恐らく縦深、奥行きのことだと思われる)三十米、幅二十五米の突撃路を開設するには約七百発の野砲弾を要する。』

(初級戦術講座,琢磨社,1931,p.308)

この突撃路の幅25mというのは、WW1後のフランス軍の標準なのだそうだ。

『仏国に於ては大戦の経験に鑑み各小隊に一条の突撃路を設け一条の幅員は歩兵が分隊の疎開隊形を以て通過せんとする幅、即二十五米を以て標準として居ると云うことである。』

(同上)

恐らくフランス軍に限らず、列強は大体同じような感じだろう。
ただし、日本軍ではこの幅の突撃路を砲兵の砲撃によって開設するのは種々の関係(※主に弾薬。砲自体の数も十分ではない等)から事実上不可能なため、他国よりも小さな幅で満足し、数を増やすという対応を採った。
(それでも、他国と比べて突撃路の数が多いというわけではないが)

『其破壊正面を小さくし十乃至十五米幅に満足し或は概成に止め寧ろ突撃路の数を増加することが得策であらうと思う。』

(同上,p.310)

第三百七十三 突撃路は突撃部隊の部署に応ぜしめ且つ成るべく広き正面を以って通過し得しむる為其の幅狭きも寧ろ其の数の多きを可とす」

(野戦築城教範,1927)

旧軍における、砲兵が開設する突撃路(破壊口)の幅の標準は、野砲10m、十五榴・十加15mとなっている。
野砲(75mm級)で幅10mの突撃路を開設するには、

『昭和二年特別陣地攻防演習に於て、野砲弾八乃至九発の命中に依て約十米の概成破壊(※簡単な補備作業で通行可能になる程度に破壊できていること)の実験を得て居る。而して完全破壊の為の命中弾数は実験値を基礎とせる計算値に依れば、幅十米の為約十七発である。故に概成破壊の為には完全破壊の所要弾数の約半部で宜しいのである。』

(初級戦術講座,琢磨社,1931,p.310)

応用戦術ノ参考 全(1939)の「鉄条網破壊ノ為所要弾数ノ標準表」では、野砲・山砲が深さ10mの綱形鉄条網に10mの破壊口を作るのに必要な弾数は以下のようになっている。
射距離     所要弾数
2000m..........100発
3000m..........200発
4000m..........300発
5000m..........400発
6000m..........550発
(概成破壊の場合の所要弾数は上記数値の半数、命中弾であった場合は約20発で完全破壊、約10発で概成破壊)

25mの破壊口を開設する場合よりも所要弾数は少なく抑えられているが、そもそも「攻撃準備射撃」は鉄条網の破壊のみならず、敵歩兵や敵築城への射撃から対砲兵戦、その他後方に対する射撃等、幅広い任務がある。
弾数の問題はもとより、それ以外にも制限が多い上、作戦要務令の第2部の第132を見るに、比較的強固な陣地に対した際に行われるものであると思われる。
日本軍では「攻撃準備射撃」による鉄条網処理はあまり望み得ないだろう。

(2)歩兵の攻撃前進中、または突撃直前に行うもの
作戦要務令 第二部
第二十五 師団砲兵は戦闘に方り歩兵直接協同 歩兵の直接支援、歩兵の行動に直接関係ある敵の阻止並に障碍物及側防機能の破壊等 戦車の支援、対砲兵戦及其の他の遠戦、陣地設備の破壊等に任ず」

砲兵が行う鉄条網処理の二つ目は「歩兵直接協同」の一環として行われるもので、旧軍の砲兵の鉄条網処理方法としては「攻撃準備射撃」よりは頻繁に行われていたものだと思われる。

歩兵直接協同
直接支援射撃』(歩兵の直接支援)
砲兵操典 第三部
第百十一 直接支援射撃は友軍歩兵の行動に緊密なる連繋を保持し逐次火力を一目標より他の目標に移動しつつ之を実行するものとす」

歩兵の火力戦闘の地域内および近辺の敵に対する制圧•殲滅を目的とした射撃。「突撃支援射撃」は、この直接支援射撃の一部。

突撃支援射撃
砲兵操典 第三部
第百八十八 ...突撃支援射撃に於て歩兵の突入を支援する為には其の突入すべき正面のみならず後方及側方より射撃する敵特に重火器等を成るべく同時に制圧するに勉むるを要す
歩兵の突入の時機を規正したる場合に於ては歩兵の膚接突入を容易ならしむる為突入時の最終弾を斉一ならしむること緊要なり此の場合に於ても歩兵好機に投じ突入することあるに注意するを要す
歩兵随時突入する場合に於ては其の行動に即応する為百方手段を尽くし常に歩兵を目視しつつ適時射程延伸を行ふこと緊要なり
射程延伸は我が歩兵の突入に方り成るべく近く其の前方に在りて歩兵の突入を妨害すべき敵に対し火力を迅速に移動し所要に応じ敵の逆襲を破摧し或は増援を遮断するものとす」

歩兵の突撃直前から敵の第一線および後方要点に盛んな射撃を行うもの。
3分〜5分程度の集中射撃が行われる。

砲兵操典 第三部
第九十二 ...火力の集中を行ふに方りては所望の一目標若くは相隣接して相互の関係密接なる数箇の目標を選定し各目標毎に所望の火力を指向するものとす而して射撃の実施は状況に応じ同時且不意にして至短時間内に火力を集中し 集中射撃と称す 或は適宜の方法に依り火力を集中するものとす」

その後は敵陣地の奥へ射撃を移動、あるいは別の目標へと射撃を移す等々場合による。
集中射撃は数中隊から数大隊規模で行うもので、敵歩兵を制圧するには、1ヘクタールに対し1分間16発が必要。
(この弾数であれば、理論的には1分毎に25㎡の地域に対し1発の砲弾を落とすことができる。野砲弾の有効破片飛散界は半径20m。1ヘクタールのほとんど全域に破片が飛んでくるので、敵歩兵は頭を上げられないということになる)

仮に野砲1門が1分間に5発射撃するとするなら、1ヘクタールに16発の要求を満たすには4門、つまり野砲兵1中隊が必要。

阻止射撃』(歩兵の行動に直接関係ある敵の阻止)
前進する敵兵(逆襲•攻勢移転•増援等)の行動の妨害、阻止、殲滅を目的とした射撃。殲滅が目的でなければ、射撃密度が制圧射撃よりも小さくて良いようである。(弾数が少なくても良い)

障碍物及側防機能の破壊
鉄条網や側防機能(構築物に拠った兵員や機関銃)の破壊。

ただし、『歩兵直接協同』による鉄条網の破壊は『攻撃準備射撃』よりも不十分なものになるため、殆どの場合歩兵や工兵による追加の鉄条網破壊作業が必要になる。

野砲が3kmの距離から射撃し、鉄条網に10mの破壊口を開設するのに必要な弾数が200発。仮に砲兵1中隊(砲4門)がこの任に当たるとすれば、各砲は50発の弾薬が必要になる。仮に野砲一門が100発の弾薬を持っていた場合、鉄条網破壊の為に所有弾薬の半数を撃ってしまうことになる。
(砲兵の砲弾の定数“のようなもの”は「基数」と呼ばれている。ただし、定数と言ってもキッチリと数が決まっているわけではないようで、戦術書等では「仮に」といったような文言がついていることが多い。野砲は一門100発程度)

ここで、鉄条網の破壊を概成破壊で満足するとすれば弾薬は50発の半分、25発で済むことになる。これは幾分現実的な数値だが、「歩兵直接協同」も「攻撃準備射撃」ほどでは無いにしろ、障害物破壊以外に直接支援射撃、阻止射撃、対砲兵戦、陣地設備破壊、遠戦等も行わなければならない。歩兵の突撃の前後には突撃支援射撃も行われる。

砲兵の数や規模、当時の状況によっては、障碍物破壊のための射撃は十分に行われないか、そもそも全く行われていなかった可能性もある。


戦車による処理
作戦要務令 第二部
第百十四 戦車は歩兵の為最も緊要とする時機及地点若くは敵の最も苦痛とする時機及地点に対し為し得る限り多数集結し勉めて同時に之を使用すべきものとす之が為敵陣地最前線の奪取に方り緊要なる地点に於ける障碍物を破壊すると共に直後の重火器を攻撃せしめ或は陣地内の攻撃就中砲兵の協同適切を期し難き地点に於ける障碍物、重火器郡等を蹂躙して歩兵の突撃を支援せしめ又要すれば適時敵陣地深く突進し砲兵、司令部等を急襲せしむ状況に依り此等任務の若干を連続遂行せしむること少からず此の際所要に充たざる戦車敵陣地深く孤立突進するは通常効果なきものとす」

戦車は砲兵とは違い、直射によって高い命中弾が期待できる上に、鉄条網の種類によってはそのまま上を走行して破壊してしまうということも出来る。遠く離れた位置にいる砲兵と比べても、遥かに歩兵との密接な協同が可能である。
作戦要務令第2部、第136に「障碍物破壊の為戦車を以てするは地形及戦車の兵力之を許せば実施最も容易なり」とあるのは、上のような理由等が関係しているのだろう。
だが、文中に「戦車の兵力之を許せば」とある通り、そもそも戦車が配属されていて、これを支援に回す余力がなければ出来ない処理法である。
旧軍の場合、砲兵以上に支援を期待しづらい兵種では無いだろうか。

主として歩兵及び工兵による処理
野戦築城教範(昭和2年)
第百九十九 歩、工兵を以てする障碍物及側防機能の破壊は敵前咫尺(しせき)に迫りて実施すべき重要なる突撃作業なるを以て其動作は剛胆にして且機敏ならざるべからず」

歩工兵による鉄条網処理は、「突撃作業」と呼ばれる動作の一部。
砲兵による支援が不足しがちな旧軍では、非常に重要な動作。おそらく鉄条網処理の主力。

野戦築城教範(昭和2年)
第二百四 鉄条網の破壊には主として鉄条鋏及障碍物破壊筒を用う障碍物破壊筒は之を急造することを得べし」

歩工兵の鉄条網除去は、歩工共通で「鉄条鋏」を使用し、工兵は「破壊筒」を使用する。その他、手榴弾、発煙筒、携帯防盾、土嚢等を携行する場合もある。
野戦築城教範の第378では、この突撃作業にあたる「破壊班」の人員等は状況によるとしているが、他の条項では以下のように記述されている。

第二百七 器具に依り隠密に鉄条網を破壊するには通常一突撃路の為長一、作業手四 内二人は予備 の班を以てし各作業手に鉄条鋏各々二 内一は予備 を携へしむ』

第二百八 破壊筒に依り鉄条網を破壊するには通常長一、作業手若干 破壊筒の長さ毎二米に付一名の割合 の班を以てし...』

歩兵、工兵の鉄条網除去作業は、いくつかの方法に分けられる。
砲兵によって概成された破壊口を利用する方法
砲兵の射撃と共に処理を行う方法
歩兵、工兵のみで行う方法
掩覆通過による方法

概成破壊口を利用する方法
砲兵の攻撃準備射撃や直接協同の射撃によって概成破壊された部分を、歩兵や工兵が更に処理して完全な突撃路として開通する方法。これは砲兵の射撃と共に処理を行う方法と要領はほぼ同じ。
と言うよりも、砲兵による鉄条網の概成破壊口があるということは、つまり砲兵の支援があるということなので、処理の際に砲兵の支援を受けられる可能性は高い。支援を受けられない場合は、歩工兵のみで行う方法と似たような要領となるだろう。

砲兵の射撃と共に処理を行う方法
砲兵の突撃支援射撃の際に歩工兵で鉄条網を処理する方法。
一例として、
『a.大隊は第一線中隊に至る迄鉄条網破壊以外一切の突撃準備を完了し、突撃の機熟するや大隊長は予め協定せる連絡の方法によりて直協砲兵(※歩兵直接協同にあたる砲兵)に射撃の実施を要求す。此の間、歩兵の最前線は友軍砲兵に依る危害を顧慮し前述超過射撃の限界附近に停止す。
(※前述超過射撃の限界附近→最近表尺の射弾の平均点と歩兵最前線との隔離距離の限界点。非常に簡単に説明すれば、味方砲兵の射撃による損害を受けないギリギリの距離のこと。射撃目標から野山砲150m、十榴200m、十加250m、十五榴300mがその距離の最小値。いずれも榴弾の場合)

b.茲に於て、砲兵は予め協定せる所に基き二分、三分或は四分間等の第一次の射撃を大隊正面の敵陣地主要部に集中す。歩工兵の障碍物破壊は此の制圧射撃間を利用し、友軍砲兵の射撃落達の現況に応じ其の最近弾の線に突進す。

c.此の第一次の制圧射撃終るや破壊班は猛然躍進し、予め指示せられたる地点に於て一気に鋏断作業を行う。此の際、我が砲兵に依り制圧せられたる敵、殊に自動火器、側防機能等は再び頭を擡(もた)げて極力破壊班の動作を妨害することに勉むるが故に我が軽機関銃、機関銃、歩兵砲等は機を失せず最活発に行動し、此の敵を猛射し破壊班の作業を掩護することが必要である。実に破壊作業の成否は之等後方よりする掩護の適否如何に関すること極めて大である。
破壊班はその作業を終れば再び最初の躍進地点附近に後退し、又はその附近にある砲弾の弾痕を利用し我が砲兵よりする第二次制圧射撃の終るを待つのである。

d.所要の破壊口の開設奏功せば砲兵は第一次制圧射撃に準じ更に第二次制圧射撃を行ふ。
突撃歩兵の主力は此の第二次制圧射撃間を利用し砲兵の最近弾の線に膚切する如く躍進す。
以上砲兵の第一次及第二次の制圧射撃の間隔、換言せば第二次制圧射撃実施の時期は破壊班の疾駆前進、鋏断作業、疾駆後退に要する時間を予想して歩兵大隊長と直協砲兵部隊長と協定すべきもので通常二分乃至五分である。
その時間の基準は次の如し。
百五十米躍進時間(低姿勢、各個躍進) 約一分三十秒

強行破壊時間 約三十秒(熟練作業手、深さ四米)
後退時間 約四十秒
合計 約二分四十秒
而して、当初の協定に於て第二次射撃を時間により第一次射撃何分後よりとすべきや、或は歩兵大隊長より突撃路開設終了の通報を待ちて開始することとすべきやは各利害の伴う所にして、要は戦場通信の至難なる点に着意し、特に最重要なる時期に於て歩砲両部隊の連絡を中絶することなきが如く最確実なる各種の方法を併用すべきである。

e.砲兵の第二次制圧射撃終る稍々前、大隊長は砲兵に射程延伸を要求し之に依り砲兵は友軍第一線に危害を及ぼさざる限り成るべく近く其の前方に在る敵に射撃を転移し、或は敵の増援を遮断し歩兵は機を失せず我が砲火の制圧効果を利用する為其の最終弾と共に突進す。
敵陣地制圧の情況に依りては第二次射撃後更に之を復行するを要することあり。

f.歩兵は右の如くして突進するも多くの場合一挙に敵陣地に突入するに至らずして、再び擡頭(たいとう)する敵の歩兵火に遭遇し、爾後自ら自己の火力を以て敵制圧しつつ一進一止敵に近接し、遂に各分隊各小隊一団となり好機に投じ突撃を敢行するに至るものとす。』

(初級戦術講座 前篇,琢磨社,1939,pp.397-398)

歩兵、工兵のみで行う場合
野戦築城教範(昭和2年)
第三百七十六 突撃路の開設は夜暗、濃霧等を利用し敵の不意に乗じ隠密に実施するを可とす然れども状況之を許さざる場合に在りては我が掩護射撃の下に之を強行せざるべからず
此等の作業を行うに方り煙幕を使用するを有利とすることあり」

歩工兵が鉄条網の処理を全て行うもの。
歩工兵の鉄条網処理法は、大別して二種。
一、隠密作業
二、強行破壊

隠密作業
主として夜間に行われる作業で、鉄条鋏等の器具による切断により鉄条網を除去、突撃路を開設する。
敵に発見された場合は、一時的に隠れるか退避するかして敵の射撃が止むのを待ち、その後作業を再開するか、そのまま強行破壊へと移行する。

野戦築城教範(昭和2年)
第二百六 ...班長は作業手を率い地形、地物を利用し要すれば匍匐して静粛に前進鉄条網の前縁に達せば破壊すべき杭列を指示し作業手を其位置に就かしめ作業を実施せしむ
作業手は先づ鉄線を杭又は鉄線相互の固定線より約三◯糎隔りたる所にて静に鉄条鋏にて鋏み之に切缺(きりかき)を設け次で両手を以て切缺部に於ける鉄線の両側を握り静に折り取り其長き方の線の一端を成るべく固定点より遠き位置に於て地中に挿入し又杭に固定せる短き方の端末を敵方に向ひ折り曲ぐ此の如くして逐次鉄線を切断し鉄条網帯の後縁に到る
鉄線の截断(せつだん)に方り細き鉄線は先づ太き鉄線と同一の方法に依り之を截断し其各端末は遊動せざる如く太き鉄線又は杭に纒絡(てんらく)するものとす」

強行破壊
昼間、または敵に発見されているような状況下で行う作業。
強行破壊の際、歩工兵は共通して鉄条鋏を使用するが、工兵は破壊筒を使用する場合がある。

器具(鉄条鋏)による方法
野戦築城教範(昭和2年)
第二百七 器具に依る鉄条網の強行破壊は鉄線に切缺を設くることなく迅速に之を截断するものとす...」

破壊班は班長の命令一下、敵火の間断を縫い、友軍の射撃の妨げとならないように地形地物を利用して各個前進、匍匐等を駆使して鉄条網に向かう。敵火が熾烈となったり、掩蔽物の無いような場合は鉄条網に向かい突進、截断作業を強行する。
隠密作業の際は鉄条網に鉄条鋏で切れ目を入れ、その部分を折り曲げての切断を行うが、強行破壊の場合はそれをせず、鉄条鋏でもって一気に切断する。

破壊筒による方法
第三百七十六 ...班長は作業手に任務、配置及点火後後退すべき位置等を指示し破壊筒を携行せしめて前進し鉄条網の前縁に達せば破壊筒を挿入すべき位置を示し作業手は協力して鉄条網の下部に於て勉めて杭脚に近く且鉄条網帯に直交する如く破壊筒を其全深に亙り挿入し次で点火に任ずる作業手は班長の指示に依り之に点火したる後各作業手は所定の位置に後退するものとす...」

破壊筒による鉄条網破壊は工兵の任務。
破壊筒を数人で運び、鉄条網に取り付いたら破壊筒を鉄条網下に挿入して点火、突撃路を開設する方法。破壊筒の他にも爆薬を使った鉄条網破壊法もある。

掩覆通過による方法
土嚢袋や藁、ハシゴその他のものを鉄条網の上に架けたり、覆ったりして通過する方法。
鉄条網が小規模で掩覆材料が豊富な場合に行う。

突撃作業に関する詳細は専門の教範を確認のこと。

基本的な鉄条網の破壊は以上の通り。
一応、ほとんど行われなかったであろう処理法を紹介して本投稿は終了である。

歩兵の射撃による処理
この方法は、鉄条網の破壊に関することが記述されている教練書や戦術書でもほとんど採り上げられていない。よって、ほぼ行われていない方法だと思われるが、一応鉄条網の破壊は歩兵の火器でも可能だった様子。

諸兵射撃教範 第一部
第三十六 鉄条網内に落達せる砲弾は其の破片に依り鉄線を切断し且弾著点に接近せる杭をも切断す而して四一式山砲、九二式歩兵砲、曲射砲の榴弾鉄条網の前方及内部に縦方向に相接近して数発落達するときは破壊口を概成し得
小銃弾も亦鉄条網の鉄線を切断し破壊口を概成し得」

第四十三 ...射撃に依り深さ六米内外の鉄条網に破壊口を概成する為の所要弾数は実験の結果概ね左の如し
軽機関銃 射距離 二、三百米に於て距離の米数の約二倍
重機関銃 射距離 四百乃至六百米に於て距離の米数の約二倍
四一式山砲•九二式歩兵砲 射距離千米以内に於て約二十発」

所要弾数を見るとあまり教練書等に出てこない理由がわかる。
つまり、軽機は距離200mで約400発、重機は距離400mで約800発も射撃しなければ鉄条網に概成破壊口を開設出来ないわけだ。非常に効率が悪い。
山砲や歩兵砲はさて置き、小銃や軽重機関銃による鉄条網破壊は専門にこれを狙うものではないだろう。

2015年11月3日火曜日

『萱嶋大佐実戦談摘録』抜粋 (三)

七、追撃

敵は十月二十三日午後十時退却を開始せるを知れるも、二十四日払暁(ふつぎょう)より追撃前進に移る。

大場部隊の追撃

大場部隊は此の際、六百名の補充を受く。現役将校は連隊長、旗手、砲兵隊長のみなり。中隊長集合の際、伍長の来たる中隊あり。
之を二大隊に補充し、第三大隊は其の侭(まま)となす。
大場部隊は、忻口鎮ー太原道を敵に近く追躡(ついじょう)しつつ追撃す。其の疲労甚だしく、四列側面縦隊隊形すら認めず、「ヒョロヒョロ」にて追撃す。敵も亦「ヒョロヒョロ」にて、疲労困憊其の極に達し居たり。

教訓
1、大場部隊追撃は戦闘綱要二◯二の二(※)に依れるものにして、大成功を収め、迂回せし部隊は却って敵の抵抗に遭い、萱嶋部隊の太原北方に来たりしは十一月六日にして、大場部隊より遅延するに至れり。

※戦闘綱要 第2022
『戦闘後ハ勝者ノ疲労モ亦大ナリト雖(いえども)敗者ハ体力、気力共ニ一層困憊シ其疲労ハ殆ト極度ニ達スルモノナルカ故ニ勝者ハ部隊ノ損傷、整頓等ニ拘束セラルルコトナク一意追撃ヲ敢行シ以テ最終ノ勝利ヲ完ウスヘシ此際各級指揮官ハ再ヒ多大ノ損害ヲ払ヒ敵ヲ攻撃スルノ已ムヲ得サルニ至ルモノトス』

八、太原攻略戦闘

萱嶋支隊は、十一月八日払暁迄に敵前四◯◯米附近に攻撃準備を命ぜられ、七日正午出発す。途中道を失し、敵若干部隊と太原東方山地に於いて遭遇。之を撃退し、階段斜面を降下す。幸い、敵の射撃を受くることなく敵前九◯◯米の位置に達す。
重砲中隊の協力を受け、太原城壁東北角附近に二条の突撃路を構成すべく要求し、所要の協定をなす。
八日午前七時頃より砲兵は射撃を開始し、操典草案の如く、各分隊は四◯◯米の距離より各個前進を起す。前進途中、敵の手榴弾射撃を受けたるも其の分隊のみ停止し、他は依然前進し側背より敵を攻撃し之を撃退す。午前八時半、突撃路開設の報を得、各中隊は砲弾に膚接(ふせつ)して突入し、太原城を午前十時前奪取す。
此の際、損害一名もなし。

教訓
1、操典草案に依り、理想的攻撃前進法は此の時始めて体験し、実に気持ちよき戦闘を為し得たり。是迄の戦闘に於いては、兵は地物に蝟集(いしゅう)し幹部に叱責されありしも、此の際は操典草案の通り前進し、砲弾に膚接する突撃を始めて実施し、損害の一名もなかりしを体験し得たり。
是、各隊が戦闘に慣熟せる結果なり。

九、結言

之を要するに、戦闘の教訓として求むべきは、極局操典、要務令、先輩の言の通りに実施せば可なるものにして、失態ありし際は、典令範の実行を怠りしか又は、「ウッカリ」せし時のみに生起するものなり。
又、戦闘の最初に於いて勇猛果敢に敵に突入せる者は生存者多く、戦争慣れをすれば支那軍の迫撃砲弾の如きは避け得らるるものなり。