2015年3月29日日曜日

中隊教練 戦闘(分隊) 散開・運動

中隊教練

第二章 戦闘

要則

第百九 中隊は中隊長の的確機敏なる指揮と其の企図に基づく各小隊の適切緊密なる協同とに依り整斉軽快に行動し且つ中隊団結の威力を遺憾なく発揮し其の任務を遂行す

第百十 小隊は各分隊の戦闘力を遺憾なく統合発揮し特に突撃に方りては自ら其の動機を作為し突撃を敢行す

第百十一 分隊は白兵力と火力とを統合せる最小の単位にして分隊長以下挙止恰も一体の如く射撃及び運動を調和し突撃を実施す特に擲弾分隊に在りては擲弾筒の威力を発揚し且つ自ら突撃を実施す

第百十二  戦況に基づき小(分)隊間の距離間隔を開くに至れば中(小)隊は疎開に移りたるものとす爾後小(分)隊は戦闘間の運動の為規定せる号令を適用し正規の姿勢と歩法とを墨守することなく敏活に行動す

第百十三 戦闘間中隊長以下絶えず偽装に留意し之を戦場の実況に適応せしむること特に緊要なり

第一節 分隊 第一款 攻撃

第百十四 小隊疎開せば各分隊は通常縦に散開して前進す

⇒小隊の疎開は通常、菱形に各分隊を配置して、約50mの距離間隔を取る。(歩操 145)
小隊が疎開を行った場合、各分隊は通常縦に散開する。

第百十五 分隊長は小隊の攻撃目標及び分隊の攻撃(射撃)目標を示さるるや速やかに之を兵に示し各種の時機を利用して了解せしむ此の際勉めて其の限界を明示す其の指示困難なるときは敵線に近き著明なる地物を補助とし或いは附近に落達する砲弾等臨機の事象を捉えて示すを可とす

分隊長の攻撃(射撃)目標の指示
分隊長は、小隊長から小隊・分隊の攻撃目標を示される。分隊長は、目標を部下に示し、これを理解させる。
「勉めて其の限界を明示す」というのは、可能な限り目標の左右の幅を明示するということである。
この部分についての説明として『歩兵操典詳説 第1巻』の記述を引用する。

『此の条項に於て特に改正せられた点は、分隊長が攻撃目標を指示するのに、従来のような「某火点」などとする漠然たる指示を避け「勉めて其の左右の限界を明示する」ことにせられたことである。
戦場に於ける目標の状態を見るのに、地形地物の利用巧なるのみならず各種の遮蔽、偽装等の手段を講じて陣地は略々完全に遮蔽せられて居る。従って散兵は火点其の物すら容易に目視することが出来ない。況んや其の火点の左右の限界などは資金の距離に近接するにあらざれば到底確認出来るものではない。現に支那事変に於ても敵弾が猛烈に飛んで来るがそれが何処から飛んで来るのか判らないと云うことが屡々あったのである。斯様に巧みに遮蔽せられた戦場の目標に対して単に分隊の攻撃目標は「某火点」などと示して見た所で、散兵には中々了解出来るものではない。其の火点の左右の限界が何処であるのか種々の方法を以て散兵に呑み込ませて置かなければ適切な射撃が行はるる筈がない。』

『歩兵教練ノ参考 第二巻』では射撃目標の指示法について、以下のものが記載されている。
1、地物を基準とし指幅又は密位を以って示す法
指示の一例
「一本松より右三十(又は指一本)より右方六十に亙(わた)る間の敵」



2、砲弾等を利用する場合
指示の一例
「今落ちた砲弾の右上稜線より直ぐ下の火点」



3、地形の層を利用する場合
指示の一例
「茶褐色の稜線と薄緑の稜線の接際点より右一分画稜線より約十密位下った所の火点」


4、時計に依る法
指示の一例
「基点の左一分画八時の方向ボサの右の重機」



5、標桿、小杭、標定せる銃等に依る法
6、自ら射撃して弾着を示す法
 
第百十六 散開は諸方向に対し敏活に行い得るを要す
各散兵 散開せる兵を謂う の距離(間隔)は敵火の状態、地形等に依り適宜伸縮し別命なければ約三歩(六歩)とす

第百十七 分隊を傘形に散開せしむるには要すれば目標(方向)等所要の指示を与え左の号令を下す
    散レ
二番は速歩にて所命の方向に前進し一、三、四番は駈歩にて第三図に示す関係位置に就きて前進し五番以下は前進中なるときは一時停止し通常分隊長の定むる指揮者に依り所要の距離を取り逐次縦に散開して之に跟随(こんずい)す此の距離は分隊長の掌握を脱せざるを度とし敵火の状態、地形等に依り適宜伸縮すべきも平坦地に在りては約五十米とす
分隊全部を横に散開せしむるには要すれば所要の指示を与え「横ニ散レ」の号令を下す一乃至四番は第三図の如く散開し五番以下概ね前(後)半部は其の左(右)へ駈歩にて斜行し先頭に近き者より逐次間隔を取りつつ横に散開し続いて前進す
分隊全部を縦に散開せしむるには要すれば所要の指示を与え「縦ニ散レ」の号令を下す兵は一列縦隊に準じ逐次前より距離を取り続いて前進す
其の位置に散開せしむるには「其ノ場ニ散レ」(「其ノ場ニ横ニ散レ」)の号令を下す二番は其の場に位置を占め一、三、四番は第三図に示す関係位置を占め五番以下は其の場に位置す(横に散開す)
擲弾分隊に在りては「散レ」の号令にて先頭の筒は縦に散開しつつ前進し次の筒は左、他の筒は右に各々縦に散開しつつ斜行し各筒の間隔約十二歩に併列す分隊長は要すれば基準となるべき筒を示す
擲弾分隊の縦(横)散開は一般分隊に準ず

分隊の散開
第百十六は、散開した分隊の各兵の距離および間隔を示している条項である。
散開時の散兵の間隔は、操典の改正の度に広くなっている。
明治42年歩兵操典では、
第百二十六 ……散開するとき各散兵の間隔は約二歩を規定とす要すれば之と異なる間隔を取らしむることあり』

昭和3年歩兵操典では、
第百七十一 ……散開するとき各散兵の間隔は状況に依り之を定むべきものとす而して別命なければ約四歩とす』
(軽機関銃分隊は距離・間隔共に四歩)

昭和15年歩兵操典は、前述の通りだが、
第百十六 ……各散兵 散開せる兵を謂う の距離(間隔)は敵火の状態、地形等に依り適宜伸縮し別命なければ約三歩(六歩)とす』

第百十七は、各種の散開についての説明。
一般分隊
縦散開
「縦ニ散レ」の号令で、兵は逐次前から距離を取り、続けて前進する。
第百十四に記述されている通り、小隊が疎開を行った時に、各分隊が採る散開。
小隊の展開後でも、戦闘を行わない分隊はこの隊形を使う。
小隊の展開」とは、小隊長が各分隊に攻撃目標等を指示し、攻撃の任務を与えてその配置に就かせること。


傘形散開
「散レ」の号令で、2番は速歩でまっすぐに、あるいは所命の位置に前進し、1・3・4番は駈歩で図のように散開する。その他の兵(5番以下)は、分隊長が定める指揮者の指揮によって、前進中であれば一時停止して、2番から約50m(平坦地の場合)の距離を取って縦に散開する。
この散開は、軽機関銃で射撃を行う場合に採る隊形。
1~4番(軽機+狙撃手)で射撃して、5番以下の兵は地形等を利用して前進し、敵の側方に出て射撃・突撃を行うなど、柔軟性に富んだ隊形。


横散開
「横ニ散レ」の号令で、1~4番は図のように散開し、5番以下をおおよそ半分に分けて、前半部の兵は左に、後半部の兵は右へそれぞれ駈歩で斜行して、先頭に近い者から逐次間隔を取りながら横に散開する。
分隊の兵全員で射撃を行う場合、突撃を行う際に採る隊形。


擲弾分隊
縦散開
「縦ニ散レ」の号令で、兵は逐次前から距離を取り、続けて前進する。
一般分隊のものと同じで特に違いはない。



筒毎の散開
「散レ」の号令で、先頭の筒は縦に散開しつつ前進する。次の筒は左、他の筒は右にそれぞれ縦に散開しつつ斜行して、各筒の間隔は約12歩となるように併列する。
射手、弾薬手以外の兵は適宜位置する。
小隊の展開後の隊形で、擲弾筒の射撃を行う場合は、基本的にこの隊形。


横散開
「横ニ散レ」の号令で、横に散開する。
小銃での射撃や突撃の際に用いる隊形。



第百十八 分隊長は通常分隊の前方に在りて前進方向を維持す
傘形散開に在りては分隊長は自ら前方に在る散兵を直接指揮し他の散兵は指揮者の指揮に依り勉めて敵眼敵火を避け一意前進す状況に依り一番をして一時前方に在る散兵を指揮せしむることあり

分隊長の散兵指揮
上記の散開の要図を見てもわかるように、分隊長は通常、分隊の前方に位置する。
傘形散開では、分隊長は前方の散兵(1乃至4番:前方散兵群)を指揮し、他の散兵(5番以下:後方散兵群)の指揮は指揮者(上等兵や一等兵)が行う。
指揮者は、散兵を率いてとにかく前進する。この際、地形等を利用して、できるだけ敵眼や敵火から避けるよう努める。
敵の正面から軽機関銃等で射撃し、分隊長は残りの兵を率いて、敵の側面へ前進する…というような場合、分隊の「一番」に前方の散兵(軽機+α)を指揮させることがある。(「一番」の兵は、記述が無いが前方散兵群の班長だろうか?おそらく「指揮者」とは別の存在だろう)

ちなみに、この分隊長の定むる「指揮者」 というのは、いわゆる「副分隊長」のことだろう。と思うかもしれないが、『歩兵操典詳説 第1巻』p.66に以下のような記述ある。

『茲に一言附加して置かねばならぬことは、「分隊長の定むる指揮者は外国の戦闘群に見受ける副分隊長を意味するものではない」と云ふことである。分隊は白兵力と火力とを統合した最小単位であって分隊長を核心とする一体である(分割することが出来ない単位である)。
分隊長が分隊を指揮するのに副分隊長を介して行ふ弊に陥るが如きことは絶対にあってはならない。分隊長は何処までも分隊指揮の唯一人者であると云ふ本質を忘れてはならない。
戦場に於ける火戦の重要性と白兵貯蔵の主義に徹底する為に適任なる優秀者に後方散兵の前進運動に関する指揮を執らしめたものであって、分隊は如何なる状態にあっても分隊長の直接指揮下に在る単位なる趣旨には少しも変化はないのである。』

なんとなく掴み所がないが、「指揮者」が後方の散兵の指揮を執り、分隊長が前方の散兵の指揮を執ると、分隊は2人の指揮官によって2つに分かれることになる。
分隊は最小単位であって、分隊長が唯一の指揮官である。
仮に「指揮者」が分隊の一部の指揮を執ったとしても、それは分隊の一部であって、「指揮者」が指揮官となる独立した部隊ではない。
あくまで分隊長が行う指揮の一部を、「指揮者」が分隊長の意図に基づいて代理として行っているだけであり、分隊長以外の者が分隊の指揮に介入することが無いようにしろ。
というようなことだと思われる。

なんにせよ、同『歩兵操典詳説 第1巻,p.72』によれば、「指揮者」は上等兵や一等兵、つまり普通の兵から選ばれるようなので、おそらく副分隊長と呼べるほどの指揮能力を持ち合わせていないことの方がが多いだろう。
ただし、上等兵は下士官の代理となるような教育(上等兵特別教育)を受けている為、必ずしもこの限りではないが。

指揮者の指揮上の着眼点(歩兵教練ノ参考 第二巻,pp.49-50)
(1) 分隊長の意図の理解及び徹底
(2) 敵特に攻撃目標の状態、敵との距離熟知
(3) 指揮及び連絡に任ずる為前方に位置す
(4) 分隊長に進んで連絡を取ること
(5) 地形地物を利用し敵眼、敵火を避くる誘導
(6) 敵火の状態に応ずる隊形、歩度の適用
(7) 散兵の地形地物利用の監視
(8) 停止地点は前進前予定して之に向かい躍進
(9) 兵に良く指揮者に注意せしむ


第百十九 散開せる分隊は速やかに敵に近接す之が為地形を利用し隊形、歩度を選び且つ敵火の状態に応じ分隊を区分し或いは各個に或いは同時に前進す此の間要すれば匍匐し又は屈身して躍進す敵の有効射撃下に長く停止するときは動もすれば前進の気勢を失い無益の損害を招くの不利あり
分隊を区分し或いは各個に前進せしむるには勉めて不規に発進せしめ敵をして目標を捉うるの
(いとま)なからしむるを要す
散兵は距離間隔を墨守することなく地形地物を利用し且つ不規なる配置を取る此の際著明なる地形地物に蝟集(いしゅう)すべからず

分隊の前進法
敵火の状態に応じて前進法を選択する。
区分前進
区分前進というのは、名称の通り分隊を区分して前進させること。
傘形散開では、1~4番と5番以下の兵で分隊を区分してそれぞれ別に前進する。
状況によっては、これを更に区分して(少数の人員で分けて)前進させるが、過度に細かく区分して指揮が困難とならないように注意する。

各個前進
各個に前進する。つまり、一人づつ前進させる。

同時前進
分隊全部での前進。

区分、各個前進の際は、規則性を持たせた発進等を行わないようにすること。
匍匐屈身は損害を避け、且つ動作の秘匿にもなり、使用する機会が非常に多い動作である。
著明な地形地物に集まらないこと。遮蔽等に便利であっても兵が多数利用すると目標になりやすく、損害を受ける可能性が高くなる。

第百二十 分隊長は敵を制圧せる瞬時又は敵自動火器の射撃の間断に乗ずる等好機を看破し分隊を前進せしめ或いは敵の予期せざる地点に進出する等常に敵の意表に出づるに勉む


説明等は
『歩兵教練ノ参考(教練ノ計画実施上ノ注意 中隊教練 分隊) 第二巻』,1942
『歩兵操典詳説  第1巻』,1942
をもとに作成。

2015年3月25日水曜日

中隊教練(二) 密集の動作・叉銃

中隊教練

第二節 密集の動作

第九十三 四列縦隊に在る小隊左向を為せば第一、第三列に在る兵は第二、第四列に在る前の兵の左に出て二列となり各自右方に整頓す
横隊に在る小隊右向を為せば前項と概ね反対の方法に依り四列となり各自旧正面の方に整頓す
小隊長及び分隊長は駈歩にて所定の位置に就く

⇒中隊教練(一)で紹介した、縦隊を横隊に変換する動作が実際に記述された部分。
4列縦隊の小隊が、「左向け左」を行った場合、第1列と第3列の兵はそれぞれ第2列、第4列の兵の左隣に出て2列になって各自右の方に整頓する。 
ちなみに「整頓」とは、縦横きれいに一直線となるように並ぶこと。
横隊の部隊が「右向け右」を行った場合は、前の動作の逆の方法を行って4列となり、横隊の時向いていた方に整頓する。

2015年3月21日土曜日

中隊教練(一) 通則・密集隊形

第二篇 中隊教練

通則

第八十四 中隊は戦闘単位にして中隊長を核心とせる志気結合の基礎なり故に中隊は如何なる場合に於いても中隊長の意図に従い衆心一地良く攻撃精神を発揚し歩兵戦闘の惨烈なる状態に耐え克ち其の精神的団結を保ちて戦闘を実行するを要す此の趣旨に基き良く訓練せられたる中隊は豫め修得せざることと雖も制式及び法則の活用に依り能く目的を達し得るものなり

第八十五 中隊長は准尉を長とする若干の人員を以って指揮班を編成し且つ指揮班及び一般分隊中の若干名に狙撃手を命ず

中隊指揮班任務分担一例
人員 任務 材料
准尉 班長として中隊全般の連絡、特に大隊長との連絡
曹長 大隊長に到り、伝令1乃至3を以って中隊間の連絡に任ず自転車・夜光羅針
給養掛 給養兼対空勤務測遠器
武器掛
瓦斯掛
弾薬兼瓦斯に関する勤務に任じ、併せて敵情監視及び直接警戒に任ず角型眼鏡・検知器
連絡掛 指揮副長として、主として第一線小隊、並びに左右及び後方部隊との連絡に任ず 手旗・夜光羅針
連絡兵 主として視号通信字号布板・仮名字棒手旗
対空兵 対空勤務並びに連絡字号布板・手旗
喇叭手 各小隊に1配属連絡隠顕灯
瓦斯勤務兵 瓦斯勤務並びに連絡風旗・防毒器
検知器
※佐々木一雄著『幹部候補生 実兵指揮の参考』p.415より

2015年3月19日木曜日

戦闘間兵一般の心得

戦闘間兵一般の心得

第四章 戦闘間兵一般ノ心得

第七十六 兵は軍人の本分を自覚して身命を君国に献げ戦勝獲得の一途に邁進すべし

第七十七 戦闘は行軍及び劇動の後開始せられ且つ数昼夜に亙るを常とす故に兵は黙々として困苦欠乏に堪え烈々たる熱意を以って飽く迄其の責務を遂行すべし

第七十八 戦闘激烈にして死傷続出し或いは紛戦を惹起して命令徹底せざるか又は指揮官を失うも兵は戦友相励まし益々勇奮率先其の任務に邁進すべし若し敵の重囲に陥り又は弾薬を射ち尽くしたるときは自己の銃剣に信頼し自若として事に当たり縦い最後の一人となるも尚毅然として奮戦すべし凡て疑惧後退は敗滅に陥り勇猛果敢なる行動は常に勝利を得べきものなるを銘肝するを要す

2015年3月18日水曜日

夜間各個教練

夜間各個教練

第三章 夜間の動作

第七十一 兵は夜暗に慣れ特に耳目を活動して沈著剛胆に動作するを要す之が為夜暗に於ける動作就中不斉地、築城を施しある地域等に於ける前進及び突撃に習熟し又嶮難(けんなん)なる地形を突破し得ること緊要なり

第七十二 兵には夜間速やかに敵を発見し其の兵力、距離及び行動を判定するの能力を養成し且つ地形地物の識別及び其の価値の変化、装面して行う行動等に関し教育するを要す
夜間に於いては前進方向を維持し予期の地点に確実に到著すること必要なり之が為兵には方位判定の能力を与え又著明なる目標或いは昼間記憶せる地形地物等に依り前進方向を維持することに慣れしむ

第七十三 夜間企図を秘匿する為静粛行進の要領、著装及び兵器の取扱いに於いて音響を発せざるの処置、記号に応ずる動作、照明を受けたるときの動作に習熟せしめ且つ妄(みだ)りに音声を発せざる習慣を養成し又各種の状況、地形に於いて迅速果敢なる前進及び匍匐前進を演練すること必要なり

第七十四 夜間の突撃は地形地物に制せらるることなく果敢に実施し得るを要す手榴弾投擲の演練亦必要なり
夜間の突撃に在りては喊声(かんせい)を発せざるものとす

第七十五 兵は自ら夜間射撃の設備を行い正確なる射撃を為し又設備なき場合に於いても小銃手、軽機関銃射手に在りては銃を地面に平行にし且つ正確なる据銃に依り、擲弾筒射手に在りては正確なる筒の保持に依り至近距離の敵に対し効力を収め得るを要す

2015年3月11日水曜日

戦闘各個教練(七) 突撃

戦闘各個教練

第四節 突撃

第六十八 突撃は兵の動作中特に緊要なり
兵は我が白兵の優越を信じ勇奮身を挺して突入し敵を圧倒殲滅すべし苟も指揮官若しくは戦友に後れて突入するが如きは深く戒めざるべからず
兵は敵に近接し突撃の機近づくに至れば自ら著剣す

第六十九 突撃を為さしむるには左の号令を下す
     突撃に 進メ
「駈歩 前ヘ」の要領に依り発進し適宜歩度を伸ばし「突込メ」の号令にて喊声を発し猛烈果敢に突進し格闘す之が為突入の稍々前銃を構う
突撃を発起せば敵の射撃、手榴弾、毒煙等に会するも断乎突進すべし

第七十 兵突撃の要領を会得せば各種の状況、地形に就いて周到なる教育を行う此の際突撃及び射撃を反復互用する動作、手榴弾の投擲に連繋して行う突撃、装面して行う突撃等に習熟せしむるを要す

突撃
突撃は”皇軍戦闘法の特質”であるため、その教育には重点が置かれる。
ただその割には、昭和15年の歩兵操典は、それ以前の操典と比べると突撃に関する記述が相当簡素になったように思う。
具体的に言うと、昭和12年の歩兵操典草案では戦闘各個教練だけでなく、下記のように基本各個教練に突撃の基本的な動作に関する記述があったのだが、突撃の教練は最初から実戦的に行うといった理由から、昭和15年の歩兵操典ではこれらが戦闘各個教練に一本化されたようだ。

第七十四 突撃は猛烈果敢にして敵を圧倒するの気勢充溢せざるべからず
突撃を為さしむるには著剣の後左の号令を下す
    突撃に 進メ
予令にて右手を以って木被の所に就き銃を確実に握り銃口を上にして提げ動令にて駈歩と同要領にて前進し次いで「突込メ」の号令にて喊声を発し的に向かいて突進し格闘す但し突入の稍々前に於いて両手を以って銃を保持して刺突の準備を為す
射撃しあるときは予令にて銃を安全装置にし動令にて前項に従い動作するものとす
……突撃に在りては剣鞘を握らざるも妨げなし
演習に在りては格闘に先だち「止レ」の号令を下す然るときは停止し敵を刺突するの構えを為す


学校教練必携 前編 (術科之部),1931

「止レ」の号令が無くなっていたりと、若干記述等に変化はあるものの、草案と昭和15年操典での突撃時の各動作に大きな違いは無いと思われる。

突撃といえば、走って銃剣を敵に突き立てる動作を思い浮かべるが、歩兵操典には刺突に関する動作についての記述がない。
これは、”銃剣での刺突の動作”を含めた白兵戦闘の動作が『剣術教範』に記述されているためである。
戦闘各個教練でも刺突動作の演練は行われるが、『剣術教範』に記述された内容は、基本的には各個教練とは別の「剣術教育」で教育が行われる。

また、突撃の教育は剣術教育を一通りやってから行うわけではなく、剣術教育の”直突”の要領を会得すれば開始できるということになっている。(歩兵教練ノ参考 第一巻,p.202)

直突は『剣術教範(昭和九年改定)の第一篇 基本教育、第一章 基本動作の第四十五に記述されている。

直突
第四十五 直突(第二図※右図)
直突は敵の上胴に向かい交叉しある方側より刺突する動作なり
直突を行わしむるには教官の交叉の後左の号令を下す
    突ケ
習技者は構銃(かまえつつ)の姿勢より右足にて十分に蹈み切り左足より快速に進出すると同時に右拳を概ね左乳の前下方に、左拳を其の運動に伴わしめて前稍々上方に進め左前(はく)を僅かに内旋する如く両手を以って銃を握り締めつつ敏活に之を前方に突き出し教官の上胴を刺突す此の際両足は地に近く過ぎ左足は平らに蹈み著けて体重を之に托し右足は敏活に定位に送る
刺突後は速やかに構銃の姿勢に復す
(※構銃の姿勢は上の銃剣術の写真の一番手前の人の姿勢)

仮標
突撃の教育は、平坦地にある仮標に対しての突撃から行われる。その後、壕や障害物地帯、不整地等での突撃、色々な姿勢・状態の敵を仮想した仮標に対する突撃等の演練を行い、状況・地形に応じた突撃の演練となる。


状況・地形に応じた突撃とは、遮蔽物を利用したり、手榴弾を投擲してからの突撃や擲弾筒の射撃と連携した突撃等、要は実戦的な突撃の教育である。



仮標に対する突撃も『剣術教範』に記述がある。
第二篇 応用教育、第二章 格闘訓練がその当該箇所。
数が多いので一つだけここに挙げると、

第百六十三 仮標に対し突入して刺突を行わしむるには通常平坦地、斜面及び壕の内外に設置せる一又は数箇の仮標に対し突入し刺突せしむるものとす
平坦地に在りては仮標前約二十米より銃を提げて疾走し約十米に於いて銃を構うるを可とす
刺突に方り過度に左手に力を入れ左方より押突(おしつき)するときは銃剣を屈折することあるを以って特に注意するを要す

といった具合である。

話を歩兵操典の記述に戻す。
状況・地形に応じた突撃に関して『歩兵教練ノ参考 第一巻』で演練すべき主要なる事項として挙げられているものは以下の6個。

1、砲弾に膚接する突撃
⇒砲兵の突撃支援射撃に膚接(砲弾の効果範囲の縁にぴったりくっついて前進)し、最後の砲弾と共に突入
2、擲弾筒弾と共に突入する突撃
 ⇒擲弾筒の集中射撃を利用しての突撃
3、好機に乗ずる突撃
 ⇒味方の軽・重機関銃が敵を制圧した際、煙幕や風塵を利用しての突撃など
4、蔭蔽近接して不意に行う突撃
 ⇒匍匐して近接しての突撃、地形を利用した蔭蔽近接後の突撃等
5、不意に敵と遭遇したる場合の突撃
 ⇒見通しの悪い場所等(壕内の曲がり角など)で敵と遭遇した場合に行う突撃
6、手榴弾投擲に連繋して行う突撃
 ⇒手榴弾の投擲に呼応しての突撃

戦闘各個教練における突撃教育の最終段階は、突撃と射撃の反復。
突撃は、戦闘の最終段階ではあるが、第一次世界大戦以降は大小の陣地を多数配置し、加えて陣地帯に縦深を持たせることが一般的であり、一つの陣地を奪取してもその後方に他の陣地があるのが普通である。
そのため、教練でも突撃後に射撃、再び突撃。といった動作の教育が行われる。

ちなみに、日本軍の白兵戦といえば刺突なのだが、『剣術教範』には銃や拳で相手を殴ったり、足で脛や睾丸を蹴るといった、「接近格闘」の動作説明が附録として記述されている。
しかし、その教育は「剣術実施中機会を捉えて之が適用の要領を会得せしむるに止め」とされており、その実施も「危害予防上之を擬する程度に止むるものとす」となっており、この類の格闘はそれほど重要視されていなかったようである。

日中戦争が勃発してから、特に1940年付近から軍隊教育は「練度」よりも「早く兵士を作る」ことに比重が置かれているため、格闘に限らず教範類に記述されていても、教育が行われないようなものがあったようだ。


戦闘各個教練における突撃は以上。
突撃は分隊以上の規模での運用が普通なので、ここではこの辺りに留めておく。
そもそも戦闘各個教練自体が、分隊の一員としての動作を演練するものであるため、分隊の教練と重複する部分も多いので、詳説は中隊教練の方にまわすこととする。

2015年3月8日日曜日

戦闘各個教練(六) 各状況に対する手榴弾の投擲

戦闘各個教練

第三節 手榴弾の投擲

第六十六 兵は沈着して好機に投じ正確に手榴弾を投擲し得るを要す
手榴弾投擲の教育に方りては其の進歩に伴い各種の目標に対し不斉地、壕内、瓦斯内等に於いて実施し之に習熟せしむるを要す

第六十七 手榴弾の投擲に方りては目標、地形地物等に応じ姿勢及び投擲法を選ぶ此の際潜進して不意に投擲し得ば有利なり
数人にて投擲する場合に於いては概ね一斉に行う

2015年3月6日金曜日

戦闘各個教練(五) 匍匐・早駈・運動と射撃

戦闘各個教練

第二節 運動、運動と射撃との連繋

第六十 兵は運動特に発進、停止の動作を機敏にし敵をして目標を捕捉し難からしめ速やかに敵に近接す

第六十一 早駈(駈歩)(匍匐)にて前進せしむるには左の号令を下す
     早駈(駈歩)(匍匐) 前ヘ
「早駈(駈歩)」の号令にて安全装置にし小銃手に在りては表尺を倒し右手にて木被(もくひ)の所を握り、擲弾筒射手に在りては残弾あるときは之を抽出し右手にて柄桿上部を握り速やかに前進準備を整え「前へ」の号令にて小銃手に在りては銃口を上にして銃を提げ、軽機関銃射手に在りては右手にて提把を握り通常左手にて充実せる弾倉嚢(だんやくのう)一箇を持ち、擲弾筒射手に在りては筒を提げ直ちに早駈(駈歩)にて前進す
「匍匐」の号令にて前項に準じ速やかに準備を整え「前へ」の号令にて銃、筒を適宜保持し匍匐にて前進す
匍匐するには伏臥して左脚を右脚下に深く曲げ右脚を臀の後ろに曲ぐると同時に左肘又は左手を前に出し右足にて体を推進し或は両肘を支点として体を前に進め又は片肘を支点とし反対脚を前側方に曲げ其の足及び膝にて体を推進する等の方法に依る
発進に方り準備の為著しく姿勢を変化し敵の注意を喚起せざるを要す
早駈若しくは駈歩を為す場合に於いては剣鞘を握らざるも妨げなし
速歩にて前進せしむるには「前へ」の号令を下す兵は第二項に準じ速歩にて前進す

第六十二 停止せしむるには左の号令を下す
     止 レ
速やかに地形地物、陰影等を利用して停止し適当なる位置と姿勢とを選び射撃す射撃の任務を有せざるときは伏臥、折敷に準じ適宜姿勢を取り遮蔽す伏臥に在りては勉めて姿勢を低くし軽機関銃射手は通常銃を傍に置く何れの場合に於いても著明なる地形地物の附近に位置せざるを要す

第六十三 兵は前進の好機を看破して一地より一地に敏速に直進し或いは地形地物、陰影等を利用する為要すれば進路を偏移し又は身体を屈し若しくは匍匐して敵に近接し且つ各種の障碍物、壕、弾痕等を適切なる姿勢と歩度とを以って軽快に通過す
兵は前進方向を確実に維持すること必要なり

第六十四 歩度は敵火の状態、地形等に依り異なるも敵弾下に在りては早駈時として駈歩にて躍進し又は匍匐す敵の有効射撃を被らざるときは速歩を用うることあり
早駈若しくは駈歩にて一躍前進すべき距離は一定し難しと雖も敵火の効力著しきときは通常三十米を超えざるを可とす

第六十五 運動と射撃との連繋を教育するに方りては停止後速やかに地形地物を利用し的確に射撃すること及び前進方向と異なる方向の目標に対し射撃することに習熟せしめ且つ状況特に地形之を許せば停止に方り先づ伏臥して右、左に移動し敵の予期せざる所より不意に射撃すること、射撃間敏活に位置を移動すること、発進に方り遮蔽して射撃位置を撤し敵の予期せざる所より前進すること等を演練するを要す

2015年3月2日月曜日

戦闘各個教練(四) 擲弾筒止板位置の選定・地物の利用

戦闘各個教練

擲弾筒

第五十九 筒を据うるに方(あた)りては止板の位置良好にして且つ射弾の観測に支障なき限り勉めて遮蔽せる位置を選ぶ
止板の位置は左右高低なく安定良き所に選ぶ
著しく堅硬なる土地に於いては止板の下に適宜の物料を敷く
地物の後ろに在りては之に射弾の触れざる如く適宜離れて止板の位置を定む又傾斜地に在りては特に射角を誤らざること緊要なり
胸墻(きょうしょう)に拠る射撃は身体の前部を内斜面に接し伏射に準じ行う

歩兵操典中の擲弾筒に関する戦闘各個教練の条項はこれだけ。擲弾筒は運用する際の注意事項等が色々と細かくて多い。

止板位置の選定
止板位置選定上、注意すべき事項
1、左右に高低差がないこと
2、安定良好であること
3、発射の際に滑走しないこと
4、地質が等斉で適度な硬土(糾草地、岩石が混じっていない尋常土等)であること
 
地質等斉安定良好な場合
地質等斉で適度な硬度をもつ地面(硬土)であれば、撃発時の動搖は少なく、弾道性能は良好。同一位置で数発の射撃が可能。
地質等斉で軟土の場合、弾道性能は硬土と比べて良いが、撃発時の動揺は硬土よりも大きく、射撃の度に射撃位置の移動が必要となる。


地質等斉で適度に堅硬だが平坦でない場合
撃発時に筒が動揺するため、方向が狂う。
左図の例では、射弾は左の方へ飛んで行く。


平坦だが地質が等斉ではない場合
撃発時に影響はないが、弾丸が運動を開始して筒口を離れるまでの筒の後座する力が止板の左右で不斉に作用して、筒が軟らかい地面の方へ傾く。
左図の例では、射弾は右の方へ飛んで行く。

地皺を利用する場合
地皺を利用する際は、止板の位置を凹地の敵方斜面に選定する。
止板の位置を凹地に選定するのは、止板の位置が高いと伏射時に筒の高さによって照準が妨げられることと、筒の角度が大きくなりやすいため。
また、擲弾筒は後座衝力が大きいため、斜面を支点として利用するという目的もある。




堅硬な地面の場合
堅硬な地面(岩石地、凍結地、氷上等)で射撃する際は、兵器の損傷を防ぐため止板の下に緩衝物を設ける。
緩衝物は高粱、藁、莚(むしろ)、土嚢、毛布などを固く結束して、弾力性が無いようにする。弾力性があると射撃時に止板を弾発し、ひどい場合は筒の保持が困難となる。




柔軟な地面の場合
柔軟地(砂地、畑地等)で射撃する際は、地面の上層の粗雑な部分を射線に直角に掘り、比較的固い部分に止板を置く。この時、麻布や土嚢などを止板の下に置くと良い。
沼地のような極度に軟らかい場所では左図のようなことを行っても効果はない。





遮蔽物の利用
遮蔽物を利用する場合、その遮蔽物の高さよりも後退した場所に筒を据える。
射角は45度で行うため、遮蔽高以下のところで射撃すると弾は遮蔽物に当たって爆発することになる。
また、樹木等を遮蔽物として利用する場合、葉や枝が弾頭に当たるだけで瞬発信管は反応するので、一枚の葉や一本の枝でさえもその弾道に触れないような射撃位置を選定する必要がある。

小起伏等を遮蔽に利用する場合
概ね左の図の通り。
※図では「遮蔽の度」となっているが、他の文献では「遮蔽の程度」となっているので、おそらくこの図では「程」が抜けている。

補助照準点は、白い小石や花などその場にある目立つものを活用する。必要であれば小杭などを設置して使用する。



胸墻に依る射撃

説明は
『擲弾筒教育ノ参考 』,1937
『戦闘各個教練ノ参考 {小銃 軽機関銃 擲弾筒} 第壹巻』,1938
『歩兵教練ノ参考(各個教練) 第一巻』,1942
歩兵隊第一期 初年兵教育』,1943
をもとに作成。

2015年3月1日日曜日

戦闘各個教練(三) 地形地物を利用した軽機関銃の射撃他

戦闘各個教練

軽機関銃

第五十六 射撃は軽機関銃射手の為最も重要なる戦闘手段なり故に之に熟達するの外銃の構造機能及び固癖(こへき)を知悉(ちしつ)し且つ故障の予防及び排除に習熟し軽機関銃の特性を遺憾なく発揮するを要す
射手は目標の状態、距離の遠近等に依り自ら射法を選び且つ点射に於ける発数を決定し得ざるべからず
連続点射は瞬間現出する有利なる目標又は至近距離に於ける密集目標等に対し一時之を行う

第五十七 銃を据うるには目標に対し両脚桿(きゃくかん)及び両肘の高低の関係を適当ならしめ又発射に方り銃口前に塵煙(じんえん)の揚がらざる如く考慮す
両脚桿の位置は左右概ね高低なく射撃に際し脚桿の没入せざる所に選び両肘の位置は射撃中変移することなき所に選ぶ
脚桿を低(高)くするには銃を後方に引き右手にて提把を握り左手の拇指にて脚桿頭駐子を圧し脚桿を前(後)方に移し銃を旧に復す
状況に依り後脚を使用して射撃するを利とすることあり
銃を直接地物に托するの止むなきときは「ガス」排出孔を塞がざることに注意し且つ銃口を少なくも約十糎地面より離す

第五十八 銃座に拠る射撃は通常体の前部を内斜面に接し伏射に準じ行う
樹木に遮蔽して射撃するときは装填薬莢の蹴出に支障なきを要す
地形地物の状態に依り小銃に於ける立射、膝射の姿勢を準用することあり



地形地物を利用する射撃(歩操 57)
軽機関銃の地形地物を利用する射撃には、脚桿を用いる射撃銃を直接地物に依托する射撃の2種類がある。

脚桿を用いる射撃(歩操 57)
軽機関銃は脚桿と両肘の4点で地面に接地して射撃を行う関係上、小銃と比べて射撃に関して制約がある。
斜面で射撃を行う場合、小銃だと敵から見れば頭だけを出した様な状態に見える位置からでも射撃が行える。しかし、軽機関銃の場合は上記の関係から、そのような位置から射撃を行うことはほぼ不可能である。(右図の1)


そのため、軽機関銃は地形に合わせて肘と脚桿の位置関係を調節して銃を据える必要がある。(左図)


または、斜面から身を乗り出すか、地形の改修を行えば射撃が可能となる。(右図)




※『歩兵教練ノ参考(各個教練)第一巻』(1942)では「稜線を乗り出しての射撃」は、やむを得ず一時的に行うものとなっている。(下図)

目標の位置と射撃位置に高低差がある場合、仮に目標の方が高い位置にあるのならば、肘の位置が低く、或は脚桿の位置が高くなるように肘と脚桿の接地位置を選ばなければならない。

軽機関銃は、「脚桿の高姿勢/低姿勢(脚桿の高さは高低の2種類の調節が可能) 」で照準高を変えることが出来る。この機能によって、地形によっては射撃が可能となるが、更に微調整等が必要となることもある。
そのような場合は、「両肘の開閉(両肘の間隔を開けば低く、狭めれば高くなる)」によって修正を行う。また、地面の土質によっては脚桿をある程度押し込んで調整するということも可能。
ただし、両肘の開閉は、開きすぎれば射撃困難・命中不良の原因となり、閉じすぎれば据銃姿勢が不確実となって射撃に悪影響を及ぼす。このような状況を避けるためにも、前述した脚桿と肘の位置関係が適当となる場所を選定することが重要となる。


銃を直接地物に依托する射撃(歩操 57)
軽機関銃は、基本的には脚桿を用いる射撃が基本だが、場合によっては地物に依托しての射撃を行うことがある。
『歩兵教練ノ参考(各個教練)第一巻』(1942)では、状況真にやむを得ざる場合とし、以下のような例を挙げている。
・脚桿の毀損せる場合
・森林等に於いて倒れたる樹木等を利用するにあらざれば射撃し得ざる場合
・予め設備なき自動車、列車上、家屋の窓壁等を利用するに方り設備の余裕なき場合

銃を直接地物に依托するにあたって注意することは、歩兵操典の第五十七に記述されているもの以外では、以下のようなものがある。
ガス排出孔を塞がないこと
 ⇒「ガス排出孔」は銃身の下にある「ガス喞筒(そくとう/しょくとう)」の左側下部にある
  「ガス喞筒」は「ガス(瓦斯)ポンプ」と呼ばれていることもある。
銃口を少なくとも約10cm地面から離すこと
・胸墻上に依托する場合は、直接銃を置かず約10cmの台(巻藁や土嚢など)を設けて依托する
・堅硬な地物には直接銃を依托しないこと
 ⇒銃と地物の間に藁・高粱・雑草・糾草・麻袋などを置く
・挿弾子の落下を妨げないこと(※十一年式軽機関銃)

直接依托する際に顧慮する事項(歩操 57)
1、依托点
脚頭付近(脚桿の付け根)が最適。それより手前だと射撃時の震動が大きい。

2、依托物
土嚢、砂嚢、藁、糾草が最適。これらで脚頭付近を依托した場合、脚桿での射撃と比べても遜色が無い。丸太を使用する場合、ガス喞筒が入り、左右に銃を振って射撃が出来るような切り込みを作る。(左画像)
切り込みが無い丸太での依托射撃は命中精度が不良となる。



銃座に拠る射撃(歩操 58)
両肘を臂座(ひざ)に置き、両脚を後方に突っ張る。この際、腹部は内斜面から離れるのが自然。
必要に応じて足の下に糾草などを敷き、上体をなるべく前に傾け、伏射に準じた射撃を行う。



樹木に遮蔽して行う射撃(歩操 58)
軽機関銃は、小銃のように樹木に銃を依托して射撃するということはほぼ無い。樹木を利用する場合は「遮蔽」が主目的となる。
樹木を利用する際は、なるべく近接して利用するが、近すぎると装填や槓桿の動作と排莢に支障が出るので、若干後方で利用するのが良い。

小銃に於ける立射、膝射の姿勢を準用した射撃(歩操 58)

(ロ)は(イ)・(ホ)と比べて射撃の反動に十分堪えられるため、伏射と同等の命中率が期待できる。
(イ)・(ロ)・(ハ)の場合、膝を伸ばして後方に張るようにすると良い。
(ハ)・(ニ)は、堆土や土壁などで肘を置くことが出来ないときに用いる姿勢。この場合は、分隊長や他の兵が射手の右肩を後方から支えて、射撃の反動によって身体が動くのを軽減すれば射撃が容易となる。
ただし、(ハ)・(ニ)はやむを得ない場合に使用する姿勢なので、小銃散兵壕等での射撃の場合は、円匙で掘開して銃座の射撃を準用するか(右図)、10cm程度の高さの砂嚢等を置いて脚桿部を依托して射撃するなどし、(ハ)・(ニ)の姿勢はできるだけ使用を避ける。


説明は
『戦闘各個教練ノ参考 {小銃 軽機関銃 擲弾筒} 第壹巻』 、1938
『歩兵教練ノ参考(各個教練) 第一巻』、1942
歩兵隊第一期 初年兵教育』、1943
をもとに作成。