2015年3月11日水曜日

戦闘各個教練(七) 突撃

戦闘各個教練

第四節 突撃

第六十八 突撃は兵の動作中特に緊要なり
兵は我が白兵の優越を信じ勇奮身を挺して突入し敵を圧倒殲滅すべし苟も指揮官若しくは戦友に後れて突入するが如きは深く戒めざるべからず
兵は敵に近接し突撃の機近づくに至れば自ら著剣す

第六十九 突撃を為さしむるには左の号令を下す
     突撃に 進メ
「駈歩 前ヘ」の要領に依り発進し適宜歩度を伸ばし「突込メ」の号令にて喊声を発し猛烈果敢に突進し格闘す之が為突入の稍々前銃を構う
突撃を発起せば敵の射撃、手榴弾、毒煙等に会するも断乎突進すべし

第七十 兵突撃の要領を会得せば各種の状況、地形に就いて周到なる教育を行う此の際突撃及び射撃を反復互用する動作、手榴弾の投擲に連繋して行う突撃、装面して行う突撃等に習熟せしむるを要す

突撃
突撃は”皇軍戦闘法の特質”であるため、その教育には重点が置かれる。
ただその割には、昭和15年の歩兵操典は、それ以前の操典と比べると突撃に関する記述が相当簡素になったように思う。
具体的に言うと、昭和12年の歩兵操典草案では戦闘各個教練だけでなく、下記のように基本各個教練に突撃の基本的な動作に関する記述があったのだが、突撃の教練は最初から実戦的に行うといった理由から、昭和15年の歩兵操典ではこれらが戦闘各個教練に一本化されたようだ。

第七十四 突撃は猛烈果敢にして敵を圧倒するの気勢充溢せざるべからず
突撃を為さしむるには著剣の後左の号令を下す
    突撃に 進メ
予令にて右手を以って木被の所に就き銃を確実に握り銃口を上にして提げ動令にて駈歩と同要領にて前進し次いで「突込メ」の号令にて喊声を発し的に向かいて突進し格闘す但し突入の稍々前に於いて両手を以って銃を保持して刺突の準備を為す
射撃しあるときは予令にて銃を安全装置にし動令にて前項に従い動作するものとす
……突撃に在りては剣鞘を握らざるも妨げなし
演習に在りては格闘に先だち「止レ」の号令を下す然るときは停止し敵を刺突するの構えを為す


学校教練必携 前編 (術科之部),1931

「止レ」の号令が無くなっていたりと、若干記述等に変化はあるものの、草案と昭和15年操典での突撃時の各動作に大きな違いは無いと思われる。

突撃といえば、走って銃剣を敵に突き立てる動作を思い浮かべるが、歩兵操典には刺突に関する動作についての記述がない。
これは、”銃剣での刺突の動作”を含めた白兵戦闘の動作が『剣術教範』に記述されているためである。
戦闘各個教練でも刺突動作の演練は行われるが、『剣術教範』に記述された内容は、基本的には各個教練とは別の「剣術教育」で教育が行われる。

また、突撃の教育は剣術教育を一通りやってから行うわけではなく、剣術教育の”直突”の要領を会得すれば開始できるということになっている。(歩兵教練ノ参考 第一巻,p.202)

直突は『剣術教範(昭和九年改定)の第一篇 基本教育、第一章 基本動作の第四十五に記述されている。

直突
第四十五 直突(第二図※右図)
直突は敵の上胴に向かい交叉しある方側より刺突する動作なり
直突を行わしむるには教官の交叉の後左の号令を下す
    突ケ
習技者は構銃(かまえつつ)の姿勢より右足にて十分に蹈み切り左足より快速に進出すると同時に右拳を概ね左乳の前下方に、左拳を其の運動に伴わしめて前稍々上方に進め左前(はく)を僅かに内旋する如く両手を以って銃を握り締めつつ敏活に之を前方に突き出し教官の上胴を刺突す此の際両足は地に近く過ぎ左足は平らに蹈み著けて体重を之に托し右足は敏活に定位に送る
刺突後は速やかに構銃の姿勢に復す
(※構銃の姿勢は上の銃剣術の写真の一番手前の人の姿勢)

仮標
突撃の教育は、平坦地にある仮標に対しての突撃から行われる。その後、壕や障害物地帯、不整地等での突撃、色々な姿勢・状態の敵を仮想した仮標に対する突撃等の演練を行い、状況・地形に応じた突撃の演練となる。


状況・地形に応じた突撃とは、遮蔽物を利用したり、手榴弾を投擲してからの突撃や擲弾筒の射撃と連携した突撃等、要は実戦的な突撃の教育である。



仮標に対する突撃も『剣術教範』に記述がある。
第二篇 応用教育、第二章 格闘訓練がその当該箇所。
数が多いので一つだけここに挙げると、

第百六十三 仮標に対し突入して刺突を行わしむるには通常平坦地、斜面及び壕の内外に設置せる一又は数箇の仮標に対し突入し刺突せしむるものとす
平坦地に在りては仮標前約二十米より銃を提げて疾走し約十米に於いて銃を構うるを可とす
刺突に方り過度に左手に力を入れ左方より押突(おしつき)するときは銃剣を屈折することあるを以って特に注意するを要す

といった具合である。

話を歩兵操典の記述に戻す。
状況・地形に応じた突撃に関して『歩兵教練ノ参考 第一巻』で演練すべき主要なる事項として挙げられているものは以下の6個。

1、砲弾に膚接する突撃
⇒砲兵の突撃支援射撃に膚接(砲弾の効果範囲の縁にぴったりくっついて前進)し、最後の砲弾と共に突入
2、擲弾筒弾と共に突入する突撃
 ⇒擲弾筒の集中射撃を利用しての突撃
3、好機に乗ずる突撃
 ⇒味方の軽・重機関銃が敵を制圧した際、煙幕や風塵を利用しての突撃など
4、蔭蔽近接して不意に行う突撃
 ⇒匍匐して近接しての突撃、地形を利用した蔭蔽近接後の突撃等
5、不意に敵と遭遇したる場合の突撃
 ⇒見通しの悪い場所等(壕内の曲がり角など)で敵と遭遇した場合に行う突撃
6、手榴弾投擲に連繋して行う突撃
 ⇒手榴弾の投擲に呼応しての突撃

戦闘各個教練における突撃教育の最終段階は、突撃と射撃の反復。
突撃は、戦闘の最終段階ではあるが、第一次世界大戦以降は大小の陣地を多数配置し、加えて陣地帯に縦深を持たせることが一般的であり、一つの陣地を奪取してもその後方に他の陣地があるのが普通である。
そのため、教練でも突撃後に射撃、再び突撃。といった動作の教育が行われる。

ちなみに、日本軍の白兵戦といえば刺突なのだが、『剣術教範』には銃や拳で相手を殴ったり、足で脛や睾丸を蹴るといった、「接近格闘」の動作説明が附録として記述されている。
しかし、その教育は「剣術実施中機会を捉えて之が適用の要領を会得せしむるに止め」とされており、その実施も「危害予防上之を擬する程度に止むるものとす」となっており、この類の格闘はそれほど重要視されていなかったようである。

日中戦争が勃発してから、特に1940年付近から軍隊教育は「練度」よりも「早く兵士を作る」ことに比重が置かれているため、格闘に限らず教範類に記述されていても、教育が行われないようなものがあったようだ。


戦闘各個教練における突撃は以上。
突撃は分隊以上の規模での運用が普通なので、ここではこの辺りに留めておく。
そもそも戦闘各個教練自体が、分隊の一員としての動作を演練するものであるため、分隊の教練と重複する部分も多いので、詳説は中隊教練の方にまわすこととする。

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