2015年3月18日水曜日

夜間各個教練

夜間各個教練

第三章 夜間の動作

第七十一 兵は夜暗に慣れ特に耳目を活動して沈著剛胆に動作するを要す之が為夜暗に於ける動作就中不斉地、築城を施しある地域等に於ける前進及び突撃に習熟し又嶮難(けんなん)なる地形を突破し得ること緊要なり

第七十二 兵には夜間速やかに敵を発見し其の兵力、距離及び行動を判定するの能力を養成し且つ地形地物の識別及び其の価値の変化、装面して行う行動等に関し教育するを要す
夜間に於いては前進方向を維持し予期の地点に確実に到著すること必要なり之が為兵には方位判定の能力を与え又著明なる目標或いは昼間記憶せる地形地物等に依り前進方向を維持することに慣れしむ

第七十三 夜間企図を秘匿する為静粛行進の要領、著装及び兵器の取扱いに於いて音響を発せざるの処置、記号に応ずる動作、照明を受けたるときの動作に習熟せしめ且つ妄(みだ)りに音声を発せざる習慣を養成し又各種の状況、地形に於いて迅速果敢なる前進及び匍匐前進を演練すること必要なり

第七十四 夜間の突撃は地形地物に制せらるることなく果敢に実施し得るを要す手榴弾投擲の演練亦必要なり
夜間の突撃に在りては喊声(かんせい)を発せざるものとす

第七十五 兵は自ら夜間射撃の設備を行い正確なる射撃を為し又設備なき場合に於いても小銃手、軽機関銃射手に在りては銃を地面に平行にし且つ正確なる据銃に依り、擲弾筒射手に在りては正確なる筒の保持に依り至近距離の敵に対し効力を収め得るを要す



視覚・聴覚訓練(歩操 71,72)
一、視覚訓練
・夜間において、目視で敵兵を発見するには、下方より上方に透視し、特に天空に透影させること(空が背景となるように姿勢を低くしたり、伏せて辺りを見る)に注意を払う。
・静止したものは動くものに比べて発見が困難なため、長く注視する。探照灯を使う場合でも、伏臥して動かないものは発見が困難なため、特に注視が必要。
・マッチやタバコ、射撃時の光などは遠距離からでも確認できるので、これにより敵の方向・おおよその距離を判断できる。

夜間の各月齢、状況によって見える距離は下の表の通り
二、聴覚訓練
・耳を地面につければ遠距離の足音も容易に聞き取ることができる。この時、地面に刺さった棒や垣根の杭などを利用すると良い。
・障害物(地隙・水流・柵・鉄条網等)の通過の際は特殊な音を発するため注意して聞く必要がある。跳躍の際の音は装具の衝突の音も伴うため、特に明瞭に聞こえる。
・風速、地形の状態(高粱畑・森林内等)によって音を聞くのが難しくなる。また、濃霧でも音が聞き取りにくくなるため注意が必要。
・車両、列車、部隊の発進及び停止。樹木からの落葉。動物の運動等の音にも注意する。

地形地物の価値の変化(歩操 72)
・昼間は敵の火器で自由に行動が出来ないような平坦地でも夜間は行動が容易。
・地隙、河川等は昼間よりも障害の度が増す。
・蔭蔽地では方向を誤りやすい。
・昼間視界が良い高地も、夜間は銃火が発見され易い上、敵が天空に透影してこちらを見ることができるので不利。
・昼間は地物の後方を利用するのが良いが、夜間は前方を利用するのが有利。樹木、ボサ、家屋、堆土、陰影等は背景として利用するのに適している。

前進方向の維持、方位判定(歩操 72)
方向の維持
九三式携帯羅針を用いる方法
先ず昼間に於いて羅針を腕より脱し到達せんとする目標に対し豫め矢標を一致せしむ次いで磁針と矢標との離隔度を分画にて確かめて之を記憶し磁針を動かざる如く固定す
夜となり前進を起こさんとするや磁針の固定を解き矢標とが昼間記憶せる分画を保つ如く羅針を保持し矢標に依り前進方向を確かめ次いで磁針を固定して前進す
約五十米前進せば停止し磁針の固定を解きて再び前進方向を確かめ更に磁針を固定して前進す斯く概ね五十米毎に之を反復して遂に目的地に到る
(歩兵教練ノ参考 第一巻pp.223-224)

天体による方法
北極星は北斗七星と共に北に輝き、位置が変化しないので方向維持の基準となる。
その他の星を方向維持の基準とする場合は、天体が側方に移動することを考慮する必要がある。天体の側方移動は、20分で5度以内なので約15分程度であれば同じ星を基準とすることが可能。

地形地物を利用する方法
山頂・抽出樹・独立樹・独立家屋等は、目標として選定されるものである。
山地は行動が困難であるが、稜線等の利用により平地よりも方向維持は容易。
道路・鉄道・電線・水流・凹地・地隙・地類界・並木等、敵の方へ通じる延長物は方向維持の基準となる。

九二式経路器を使用する方法
兵に九二式経路器を使用する際の助手としての動作、即ち糸の結束法と共に取扱法の概略を修得させておく必要がある。

方位の判定
天体を利用する方法
北極星を利用する方法
北極星は北方位にあって、輝きも明瞭であり、地球の自転によって位置を変えないため方位判定の基礎となる。
北極星の発見には、大熊星(北斗七星)と女帝星(通称M字星)の関係を十分に理解しておくことが必要である。
北極星は大熊星の2つの星abをつなぐ線の延長線上にあり、その距離はaから線abの距離の約5倍の所にある。
大熊星が地表面に接して発見が困難な場合は、反対側にある女帝星を利用して北極星を見付ける。女帝星の中央の2星jkをつなぐ線の直角方向にある恒星が北極星である。

月を利用する方法
月の盈虧(満ち欠け)の状態を知ることにより、これを方位判定と前進の目標として利用することができる。
月齢が4分の1に到る上弦の場合は夜の前半。満月の時は終夜。月齢4分の1以後の下弦の場合は夜の後半、それぞれ空に月を見ることができる。
月の位置と時刻の関係によって、おおよその方位を知ることができる。

その他の星を利用する方法
恒星の運動は、季節と時刻によって差異があるものの、主要なものを記憶しておけばおおよその方位判定の参考となる。
一例を挙げれば、オリオン座(三つ星)は冬の時期だけ見ることができ、出現する時期と時刻の関係の概要は以下のようになる。
、12月下旬の夕刻に東の空に現れ、0時に南方、明け方西に沈む。
、3月中旬の夕刻に南の空に現れ、0時に西に沈む。
、5月下旬の夕刻に西の空に現れ、まもなく沈む。
、7月下旬の明け方に東の空に現れ、まもなく消える。
その他の時期と時刻は比例的に判断する。
また、オリオン座と北極星の関係は、オリオンと馭者を連ねる線上、オリオンと馭者を結ぶ線と概ね同じ距離に北極星がある。

羅針を利用する方法
羅針は概ね真北を指すので、方位判定上欠くことができないものである。ただし、緯度や極地における偏位に注意し、鉄類を羅針に近づけないようにする必要がある。

天然の地形地物等を利用する方法
、家屋の構造はその地方の風習並びに恒風、地形全般等の関係により、その向きは各種各様だが、一般的に南向きか東南向きのものが多い。
作戦地の風習、恒風、地形等を考慮すれば概ねの方位を判断することができる。また、高緯度地に行くに従って、北側に窓を設けない傾向がある。

、樹木、雑草等は一般的に南方に繁茂する。ただし、銀杏はやや北方位に傾き、苔等は北方位に生じることが多い。その他、年輪の状態等によりおおよその方位を判定することができる。(※俗説。南側は年輪の幅が広く、北側は狭いというもの。)

、降雪地では、雪解けの状態により北方位を判断することができる。暖地の雪解け時は屋根の残雪によって明瞭に区別できる。

、作戦地付近の著名な都市の方位はあらかじめ知っておくこと。夜間に灯火が空に反映して遠距離から明瞭に見え、目標とすることができる。
また、住民地付近では住民に方位を訊けば良い。
(※原文は「土民に依り其の方位を質すを得ば有利なり」)

運動(歩操 73)
防音音響を発しない処置
、背囊は入組品の収容状態に注意し、飯盒の釣り手には布、或いは藁等を巻いて縛り付けを確実にする。

、背囊を除いた場合でも、飯盒と器具は携行することが必要なため、飯盒は背負袋、または雑嚢に入れ、円匙は紐で刄部と柄を連結して、刄部を腹部に当てて帯革に挿入して紐を使って背負う。使用後は手に持って携行することがある。

、水筒は水を満タンにするか捨てる。或いは戦友の水筒に移して満タンにする。そうして、動搖しないように帯革に縛り付け、必要があれば雑嚢に入れる。

、雑嚢は物の入れ方に注意して、音響を発するようなものは適宜紙片等で包むなどする。

、弾薬盒、弾匣等は必要であれば紙片などを詰めて実包の動搖を防ぐ。銃剣は特に他の地物と衝突しやすいので、剣鞘に縄、布などを巻き、可能であれば木綿、絨(じゅう)等で作った袋に入れるのが良い。
また、剣差を背囊前紐革に通して帯革に挿し、或いは、外套と共に背囊に縛り付けることがある。

、防毒面は確実に体に結着する。

、外套を着用する時は、裾を折り返すことが必要である。

、夜間の偽装は、行動に支障をきたして、有利とならないことがある。

音響を発しない処置
、人の声は時に極めて遠距離にまで達することがあるため、命令・通報・報告の伝達は口を耳に近づけて(※原文は「耳に接著して」)小声で行い、可能であれば、記号・身振りによって行うことが必要。不用意な会話・咳・放屁・鼻をすする等は厳に戒めること。

、担銃・立銃・装填・着剣等の兵器の取り扱いに関しても、音を発しないように操作できるように訓練を行うことが必要である。
また、器具の装脱、並びに工事の際、勉めて音が出るのを防止し、偽装している場合は、偽装網によって音が発生しないように注意する必要がある。

静粛行進
静粛行進は夜間攻撃で敵に突入する間の運動の大部を占める。教育の際は各種の地形で訓練を行い、地物・路面の状態により足の踏み付け方の違いを体得させ、足音が遠距離に届くのを防止する。特に行進間の折敷、伏臥、発進の際の音の発生について注意すること。
また、敵に近づくに従って静粛行進は慎重に行うこと。その他、注意することは以下の事項。
、路面が堅固な道路での行進は、両側の草地若しくは溝渠等を利用すると良い。
、小道を選んで前進するときは、足音の発生を少なくすることができる。
、舗装道路や凍結地を歩く時は、靴に藁、縄、襤褸(らんる・ぼろ)等を着け、防音を図ると共に転倒を防止する。
、積雪地では高い音響を発するので特に注意する。

記号に応じた行動
夜間における兵の行動は、通常記号によって行われる。そのため、兵は指揮官の各種の記号によって軽快に行動できるよう訓練を行うことが必要である。
記号に応じた行動を行うにあたって注意することは以下の事項。
、兵は行動間、指揮官並びに隣兵の行動に注意する。
、疲労累加するに従って行進中に仮眠し、停止の際には熟睡に陥ることがあるため、自ら志気を鼓舞して不覚を取らないようにすること。
、装面している場合は、指揮官の記号を認識し難いため、隣兵に対する注意を数倍にすること。

照明を受けた時の動作
夜襲の際は、敵から照明を受けることを覚悟しなければならない。行動間に照明を受けた時停止するかそのまま行進を続けるかは、指揮官が決めることであり、兵としては指揮官の記号に応じて迅速に停止、適切な行動ができるように訓練する。この際、注意する事項は以下の通り。
、伏臥の動作は最も機敏にして、音響を発しないようにする必要がある。
この際、勉めて陰影を利用することが必要である。また、伏臥中は絶対に体を動かさないようにし、頭を地面につける。この時、樹の枝等で頭を覆って敵情を視察することも可。
、光度が強烈な照射を受けた時は、眩惑作用を引き起こすため、直視することを避けるのが良い。その後の前進は方向を誤らないよう注意を要する。
、藁束、石油等による照明を受けた場合は、これを消火するというのも良いが、そのために多人数が集まると却って敵火の目標となるので注意すること。

夜間射撃(歩操 75)
夜間射撃は昼間と比べて効力が著しく低下する。しかし、適切な方法を講じれば、至近距離の目標に対して大きな効力を収めることができる。そのため、防御等で時間に余裕がある場合は勿論のこと、夜襲後の陣地確保等でも可能な限りその設備に力を入れる必要がある。
夜間射撃の設備は、銃に所要の高低及び方向を与えることにある。しかし、夜間射撃では弾丸が目標を超過することが多いため、特に高低規正に関して注意することが緊要である。

小銃標定設備
野戦築城教範(昭和2)によるもの

第二十五 散兵壕に於ける小銃標定の設備は銃の射線を規正し且つ銃口の扛起を予防する如く行うものとす之が為第十四図に示す如くし又は2箇の鉤杭を胸墻上に植立する等の設備を施すものとす


胸墻の経始によるもの

()銃を胸墻上に依托したら、射線が所望の高さになるよう、胸墻に傾斜をつける
()所望の射線(射向)を石灰、または白紙で胸墻前方に標示する
()射向を保持するため、胸墻上に溝を掘り、これに銃を入れるようにする

 股木を用いる場合




土地が凍結・時間に余裕が無い・材料がない場合
()石灰、または白紙で射方向(射線)を胸墻前方、或いは胸墻上に標示する
(二)高低照準を容易にするため、可能であれば白紙、白布等を付近のボサ等に巻く。或いは、それらを巻きつけた杭を植立する。
ただし、それによって射撃が妨害されないよう注意する。

射撃実施上の諸注意
、標定設備を利用する場合
イ、設備は依托と同時に、照準を得るものである。そのため、特に確実な据銃を行い射撃することが緊要である。設備が堅固でない場合では特に注意する。
ロ、夜間の射撃は銃口が跳ね上がりやすいため、設備を行っていてもそのようなことにならないように射撃を行うこと。
ハ、月明かり・黎明・薄暮れ、あるいは照明に照らされ、微かにでも目標を視認できる場合は、設備を利用することにこだわらず、 直接照準を行い射撃する。
煙内でも煙の間断や濃淡に応じて上記のことに注意すること。

、設備がない場合
イ、据銃を確実にすること。
ロ、銃身を常に地面と平行にすること。このため、伏射・膝射で据銃している場合は、臂と肩による感覚を覚えておく必要がある。
ハ、照門及び照星付近を白布を結びつけておくと、月明かり・薄暮れ・照明下での照準を容易にすることができる。

軽機関銃射撃設備
某区域内に対する射撃設備の例



射撃区域一方向のみに限られた場合の例





補助照準点を用いたる場合

補助照準点設置要領
まず、所望の方向に照準をつけ、次に銃を動かすことなく、通常は照尺を高くしてその照準線上に補助照準点を設ける。または、照尺を上下して補助照準点を照準して、所望の照尺を決定する。この時、射角が変化しないようにすることが緊要である。



後脚を利用する場合
後脚がある軽機関銃の場合、後脚を利用すれば簡単に高低の基準を定めることができる。その要領は「某区域内に対する射撃す設備の例」の図に準じる。
前後脚共に、その位置を適当にし、没入しないよう注意する。必要であれば、脚桿下の地面等を押し固めたり、糾草や麻袋などを敷いたり、脚桿が固定されるところまで押しこむ等を行う。

固定目標又は某地区等に対し昼間より豫め準備し得る場合
「某区域内に対する射撃す設備の例」、「補助照準点を用いたる場合」の要領に準じて行い、固定設備と補助照準点を併用して、精密に照準の関係を規正しておくと正確な射撃が行える。

夜間某地に到着後射撃設備を行う要領
まず、射撃すべき方向の大まかな地形を判断し、銃を据えて脚桿の位置を定め、据銃し、陣地前に歩哨の掩護の下、微光灯などを持った兵を射撃方向の所望の距離まで前進させ、これを照準して照準線の高低を定めて銃を固定する。次いで、銃口近くの照準線上に補助照準点(微光灯等)を設ける。この時、銃は地面と平行になるようにすること。

夜間射撃の要領
、設備を行った陣地での射撃
夜間射撃は豫め準備した設備によって行うが、昼間のように直接目標を確認して行う射撃と比べ、正確な射撃が困難なため、特に注意する必要がある。
夜間射撃の設備は、必ずしも堅固とは限らないため、依托に利用したり基準を偏移しないことによって不確実な据銃とならないように注意する。

、設備がない陣地での射撃
夜間は照準線が目標を超過することが多いため、この点に留意して、心手期せずして銃を地面と平行にし、かつ、正確な据銃が行えるように訓練を行う必要がある。夜襲後の陣地確保にあっては、周辺の地形等の状況不明のため特に注意する。
照準線の指向は、低い場合はある程度許容されるが、高くはならないようにすること。低い場合は、跳弾となり射撃効力を持つことがある。堅硬地では特にその傾向がある。

擲弾筒射撃設備
夜間射撃設備の例

夜間射撃設備がない場合の射撃要領
方向照準線に其ノ三の図のような標示を行い、照明(探照灯・信号弾・照明火・月光等)または、監視兵・斥候などの合図を利用して正確な筒の保持を行い射撃を行う。
この時、距離分画の装定は、普通の訓練の際の、柄桿の長方窓に指を何本縦に入れて逆鉤筒を上げれば何メートルか、という訓練の成果を利用すればいい。

教育上の注意
、方向及び距離の判定
、分画装定の正確
、方向照準の正確
、暗夜に於ける確実なる装填
、標定及び設備等は風、或いはその他によって狂わないようにすること
、標示等は形式に流れることがないように正確に実施する
、夜間射撃は昼間射撃と比べ、効果が少ないため乱射を戒める

以上、一部省略
説明は、
『夜間行動教育ノ参考 全』,1937
『歩兵教練ノ参考(各個教練) 第一巻』,1942
をもとに作成。

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