2015年3月6日金曜日

戦闘各個教練(五) 匍匐・早駈・運動と射撃

戦闘各個教練

第二節 運動、運動と射撃との連繋

第六十 兵は運動特に発進、停止の動作を機敏にし敵をして目標を捕捉し難からしめ速やかに敵に近接す

第六十一 早駈(駈歩)(匍匐)にて前進せしむるには左の号令を下す
     早駈(駈歩)(匍匐) 前ヘ
「早駈(駈歩)」の号令にて安全装置にし小銃手に在りては表尺を倒し右手にて木被(もくひ)の所を握り、擲弾筒射手に在りては残弾あるときは之を抽出し右手にて柄桿上部を握り速やかに前進準備を整え「前へ」の号令にて小銃手に在りては銃口を上にして銃を提げ、軽機関銃射手に在りては右手にて提把を握り通常左手にて充実せる弾倉嚢(だんやくのう)一箇を持ち、擲弾筒射手に在りては筒を提げ直ちに早駈(駈歩)にて前進す
「匍匐」の号令にて前項に準じ速やかに準備を整え「前へ」の号令にて銃、筒を適宜保持し匍匐にて前進す
匍匐するには伏臥して左脚を右脚下に深く曲げ右脚を臀の後ろに曲ぐると同時に左肘又は左手を前に出し右足にて体を推進し或は両肘を支点として体を前に進め又は片肘を支点とし反対脚を前側方に曲げ其の足及び膝にて体を推進する等の方法に依る
発進に方り準備の為著しく姿勢を変化し敵の注意を喚起せざるを要す
早駈若しくは駈歩を為す場合に於いては剣鞘を握らざるも妨げなし
速歩にて前進せしむるには「前へ」の号令を下す兵は第二項に準じ速歩にて前進す

第六十二 停止せしむるには左の号令を下す
     止 レ
速やかに地形地物、陰影等を利用して停止し適当なる位置と姿勢とを選び射撃す射撃の任務を有せざるときは伏臥、折敷に準じ適宜姿勢を取り遮蔽す伏臥に在りては勉めて姿勢を低くし軽機関銃射手は通常銃を傍に置く何れの場合に於いても著明なる地形地物の附近に位置せざるを要す

第六十三 兵は前進の好機を看破して一地より一地に敏速に直進し或いは地形地物、陰影等を利用する為要すれば進路を偏移し又は身体を屈し若しくは匍匐して敵に近接し且つ各種の障碍物、壕、弾痕等を適切なる姿勢と歩度とを以って軽快に通過す
兵は前進方向を確実に維持すること必要なり

第六十四 歩度は敵火の状態、地形等に依り異なるも敵弾下に在りては早駈時として駈歩にて躍進し又は匍匐す敵の有効射撃を被らざるときは速歩を用うることあり
早駈若しくは駈歩にて一躍前進すべき距離は一定し難しと雖も敵火の効力著しきときは通常三十米を超えざるを可とす

第六十五 運動と射撃との連繋を教育するに方りては停止後速やかに地形地物を利用し的確に射撃すること及び前進方向と異なる方向の目標に対し射撃することに習熟せしめ且つ状況特に地形之を許せば停止に方り先づ伏臥して右、左に移動し敵の予期せざる所より不意に射撃すること、射撃間敏活に位置を移動すること、発進に方り遮蔽して射撃位置を撤し敵の予期せざる所より前進すること等を演練するを要す


早駈(歩操 61,62)
早駈の据銃状態での説明は歩兵操典の通りだが、「早駈」自体については説明がない。
この「早駈」は『体操教範』の方にその詳細な記述がある。
体操教範』は、兵士に必要な体力や気力、運動能力などを養成するための体操や運動等について記述した教範であって、体力の基礎を確立する”基本体操”と戦場に必要な運動能力を養成する”応用体操”の2つの篇(+附録)で構成されている。

早駈」は”応用体操”の分野で、教範中では以下のように記述されている。

第九十九 早駈の目的は神速に発進し疾走し停止し得るの能力を増進し且つ気概を養成するに在り

第百一 早駈を為さしむるには通常出発線及び到着線を標示し習技者を出発線に配置し発進の姿勢を取らしめ号令、記号等に依り発進し全力を以って疾走せしむるものとす

膝射の姿勢からの発進と伏射の姿勢からの発進

走法と停止

匍匐(歩操 61)
匍匐」は昭和3年の歩兵操典から記載された動作。それ以前にも研究等は行われており、教練の参考書等にも記載され、部隊の方で訓練も行われていたようだが、歩兵操典の文章中に登場するのは昭和3年歩兵操典が初めて。
昭和12年の歩兵操典草案でも「匍匐」は記載されているが、昭和15年歩兵操典になって制式として定められ、詳細な記述と共に新しく操典中に加えられた。(歩操 第61)
早速「匍匐」について触れたい所だが、匍匐の前に「屈身」について触れておく。

屈身」と「匍匐」は、共に『体操教範』(1929)の応用体操の第四款に記述されている。
匍匐」の動作の詳細は、前述の通り歩兵操典にも記載された(体操教範中の記述と大体同じ)が、「屈身」の方はこれといった説明も記載も歩兵操典にはない。ただ、第六十三に”身体を屈し”という文があり、しかも戦闘で身を屈めるという動作を使わないわけがないこともあり、『歩兵教練ノ参考』等では当然のように記述されているので、ここでも取り扱う次第である。

第百十一 ……屈身は上体を前に屈げ両脚を僅かに屈げ運歩を速にして行進し・・・(1)
或は両脚を十分蹈(ふ)み開き前の脚を屈げ後ろの脚を伸ばして上体を成るべく低く前に屈げ脚を蛇行状に運び要すれば一方の手を地に著けつつ行進す・・・(2)
左が(1)、右が(2)。青年教練指導草案 第一巻(1931)

屈身」については以上。
匍匐」は操典の第六十一の通りなのだが、匍匐といってもいくつかの種類があるため、教育等の際に便宜上名称が付けられる。

イ、第一匍匐(姿勢高きも運動容易にして速度大持久性あり)
左脚を右脚下に深く曲げ右脚を臀の後ろに曲ぐると同時に左手を前に出し右足にて体を推進す
銃は右手にて木被の所を握るを可とし銃口(剣尖)を敵眼に暴露せしむることなく且つ床尾を引き摺らざるを要す

ロ、第二匍匐(第一匍匐に比し姿勢低く屡々用いらる)
第一匍匐と略々同要領にして左手に代うるに左肘を以ってす





ハ、第三匍匐(速度持久性前二方法に劣るも姿勢を低からしむ)
片肘を支点とし反対脚を前側方に曲げ其の足及び膝にて体を推進す
銃は右手にて銃把を、左手にて木被の所を握り槓桿を上方(但し眼鏡を附したるときは槓桿を前方)にするを可とす


ニ、第四匍匐(姿勢最も低く且つ音響の発生少なく隠密前進に適す)
両肘を支点とし主として両足尖を以って体を推進す
銃の保持法は第三匍匐に同じ



ホ、状況に依り銃を背囊と首との間に横たえ或は之を負い両手、両膝にて歩く如く匍匐するを可とす

以上、各匍匐の説明は『歩兵教練ノ参考(各個教練) 第一巻』(1942)pp,158-159
※第一匍匐の画像は無かった。

兵の前進(歩操 60,63,64)

前進の好機
前進の好機は歩兵操典中では、第百二十に記述がある。

第百二十 分隊長は敵を制圧せる瞬時又は敵自動火器の射撃の間断に乗ずる等好機を看破し……

各兵としては、自分に向けられていた射撃が他に移った時、隣の兵が前進し射撃を行った時なども前進の好機となる。

一地より一地に敏速に直進する動作
”一地より一地”に直進して前進する。
或いは、地形地物等を利用するため、進路を偏移する。
進路の”偏移”は、直進せずに若干進路を曲げるといった意味だと思われる。
左の画像中の(ロ)・(ハ)は、進路の偏移ではないようなので注意。





歩度
歩度は早駈・駈歩・速歩・匍匐を状況に応じて適用する。
『歩兵教練ノ参考』によれば、
1、歩度は敵火の状態、地形に依り異なるも損害を避け速やかに敵に近接する如く選択するを要す
2、早駈は敵をして目標を捕捉し難からしめ損害を減少し得るの利あるを以って敵弾下に在りては之を用うること多し
3、匍匐は損害を避けて敵に近接するを要する場合に於いては縦い距離大なりと雖も之を用うること屡々なり
4、速歩は疲労最も少なきを以って敵の有効射撃を被らず状況之を許すときは用うるを可とす
5、駈歩は早駈と速歩との利害を併有す

一躍前進の距離
一度に行う躍進の距離は通常30mを超えないとされている。
これは敵の狙撃兵がこちらを発見し、捕捉・射撃を行うまでの時間などを勘案して出された数字とのこと。草案では50mだった。

第六十五は細かく扱うとそれだけで投稿1つ分にもなるので割愛。
この条は要するに、運動と射撃との連繋の主要教育事項を列挙したものであり、
1、停止後の速やかな地形地物を利用しての的確な射撃
2、前進方向と異なる方向の目標に対しての射撃
3、敵の予期しない所からの不意の射撃
4、射撃間敏活に位置を移動すること
5、敵の予期しない所から前進すること
などに関して演練する必要がある。と述べている。
運動と射撃との連繋は戦闘の大部分を占めるため、戦闘各個教練の眼目とも言える部分なので、この辺りの教練は重点が置かれている。


説明は
『体操教範』,1929
『戦闘各個教練ノ参考 {小銃 軽機関銃 擲弾筒} 第壹巻』,1938
『歩兵教練ノ参考(各個教練) 第一巻』,1942
歩兵隊第一期 初年兵教育』,1943
をもとに作成。

0 件のコメント:

コメントを投稿