2015年3月29日日曜日

中隊教練 戦闘(分隊) 散開・運動

中隊教練

第二章 戦闘

要則

第百九 中隊は中隊長の的確機敏なる指揮と其の企図に基づく各小隊の適切緊密なる協同とに依り整斉軽快に行動し且つ中隊団結の威力を遺憾なく発揮し其の任務を遂行す

第百十 小隊は各分隊の戦闘力を遺憾なく統合発揮し特に突撃に方りては自ら其の動機を作為し突撃を敢行す

第百十一 分隊は白兵力と火力とを統合せる最小の単位にして分隊長以下挙止恰も一体の如く射撃及び運動を調和し突撃を実施す特に擲弾分隊に在りては擲弾筒の威力を発揚し且つ自ら突撃を実施す

第百十二  戦況に基づき小(分)隊間の距離間隔を開くに至れば中(小)隊は疎開に移りたるものとす爾後小(分)隊は戦闘間の運動の為規定せる号令を適用し正規の姿勢と歩法とを墨守することなく敏活に行動す

第百十三 戦闘間中隊長以下絶えず偽装に留意し之を戦場の実況に適応せしむること特に緊要なり

第一節 分隊 第一款 攻撃

第百十四 小隊疎開せば各分隊は通常縦に散開して前進す

⇒小隊の疎開は通常、菱形に各分隊を配置して、約50mの距離間隔を取る。(歩操 145)
小隊が疎開を行った場合、各分隊は通常縦に散開する。

第百十五 分隊長は小隊の攻撃目標及び分隊の攻撃(射撃)目標を示さるるや速やかに之を兵に示し各種の時機を利用して了解せしむ此の際勉めて其の限界を明示す其の指示困難なるときは敵線に近き著明なる地物を補助とし或いは附近に落達する砲弾等臨機の事象を捉えて示すを可とす

分隊長の攻撃(射撃)目標の指示
分隊長は、小隊長から小隊・分隊の攻撃目標を示される。分隊長は、目標を部下に示し、これを理解させる。
「勉めて其の限界を明示す」というのは、可能な限り目標の左右の幅を明示するということである。
この部分についての説明として『歩兵操典詳説 第1巻』の記述を引用する。

『此の条項に於て特に改正せられた点は、分隊長が攻撃目標を指示するのに、従来のような「某火点」などとする漠然たる指示を避け「勉めて其の左右の限界を明示する」ことにせられたことである。
戦場に於ける目標の状態を見るのに、地形地物の利用巧なるのみならず各種の遮蔽、偽装等の手段を講じて陣地は略々完全に遮蔽せられて居る。従って散兵は火点其の物すら容易に目視することが出来ない。況んや其の火点の左右の限界などは資金の距離に近接するにあらざれば到底確認出来るものではない。現に支那事変に於ても敵弾が猛烈に飛んで来るがそれが何処から飛んで来るのか判らないと云うことが屡々あったのである。斯様に巧みに遮蔽せられた戦場の目標に対して単に分隊の攻撃目標は「某火点」などと示して見た所で、散兵には中々了解出来るものではない。其の火点の左右の限界が何処であるのか種々の方法を以て散兵に呑み込ませて置かなければ適切な射撃が行はるる筈がない。』

『歩兵教練ノ参考 第二巻』では射撃目標の指示法について、以下のものが記載されている。
1、地物を基準とし指幅又は密位を以って示す法
指示の一例
「一本松より右三十(又は指一本)より右方六十に亙(わた)る間の敵」



2、砲弾等を利用する場合
指示の一例
「今落ちた砲弾の右上稜線より直ぐ下の火点」



3、地形の層を利用する場合
指示の一例
「茶褐色の稜線と薄緑の稜線の接際点より右一分画稜線より約十密位下った所の火点」


4、時計に依る法
指示の一例
「基点の左一分画八時の方向ボサの右の重機」



5、標桿、小杭、標定せる銃等に依る法
6、自ら射撃して弾着を示す法
 
第百十六 散開は諸方向に対し敏活に行い得るを要す
各散兵 散開せる兵を謂う の距離(間隔)は敵火の状態、地形等に依り適宜伸縮し別命なければ約三歩(六歩)とす

第百十七 分隊を傘形に散開せしむるには要すれば目標(方向)等所要の指示を与え左の号令を下す
    散レ
二番は速歩にて所命の方向に前進し一、三、四番は駈歩にて第三図に示す関係位置に就きて前進し五番以下は前進中なるときは一時停止し通常分隊長の定むる指揮者に依り所要の距離を取り逐次縦に散開して之に跟随(こんずい)す此の距離は分隊長の掌握を脱せざるを度とし敵火の状態、地形等に依り適宜伸縮すべきも平坦地に在りては約五十米とす
分隊全部を横に散開せしむるには要すれば所要の指示を与え「横ニ散レ」の号令を下す一乃至四番は第三図の如く散開し五番以下概ね前(後)半部は其の左(右)へ駈歩にて斜行し先頭に近き者より逐次間隔を取りつつ横に散開し続いて前進す
分隊全部を縦に散開せしむるには要すれば所要の指示を与え「縦ニ散レ」の号令を下す兵は一列縦隊に準じ逐次前より距離を取り続いて前進す
其の位置に散開せしむるには「其ノ場ニ散レ」(「其ノ場ニ横ニ散レ」)の号令を下す二番は其の場に位置を占め一、三、四番は第三図に示す関係位置を占め五番以下は其の場に位置す(横に散開す)
擲弾分隊に在りては「散レ」の号令にて先頭の筒は縦に散開しつつ前進し次の筒は左、他の筒は右に各々縦に散開しつつ斜行し各筒の間隔約十二歩に併列す分隊長は要すれば基準となるべき筒を示す
擲弾分隊の縦(横)散開は一般分隊に準ず

分隊の散開
第百十六は、散開した分隊の各兵の距離および間隔を示している条項である。
散開時の散兵の間隔は、操典の改正の度に広くなっている。
明治42年歩兵操典では、
第百二十六 ……散開するとき各散兵の間隔は約二歩を規定とす要すれば之と異なる間隔を取らしむることあり』

昭和3年歩兵操典では、
第百七十一 ……散開するとき各散兵の間隔は状況に依り之を定むべきものとす而して別命なければ約四歩とす』
(軽機関銃分隊は距離・間隔共に四歩)

昭和15年歩兵操典は、前述の通りだが、
第百十六 ……各散兵 散開せる兵を謂う の距離(間隔)は敵火の状態、地形等に依り適宜伸縮し別命なければ約三歩(六歩)とす』

第百十七は、各種の散開についての説明。
一般分隊
縦散開
「縦ニ散レ」の号令で、兵は逐次前から距離を取り、続けて前進する。
第百十四に記述されている通り、小隊が疎開を行った時に、各分隊が採る散開。
小隊の展開後でも、戦闘を行わない分隊はこの隊形を使う。
小隊の展開」とは、小隊長が各分隊に攻撃目標等を指示し、攻撃の任務を与えてその配置に就かせること。


傘形散開
「散レ」の号令で、2番は速歩でまっすぐに、あるいは所命の位置に前進し、1・3・4番は駈歩で図のように散開する。その他の兵(5番以下)は、分隊長が定める指揮者の指揮によって、前進中であれば一時停止して、2番から約50m(平坦地の場合)の距離を取って縦に散開する。
この散開は、軽機関銃で射撃を行う場合に採る隊形。
1~4番(軽機+狙撃手)で射撃して、5番以下の兵は地形等を利用して前進し、敵の側方に出て射撃・突撃を行うなど、柔軟性に富んだ隊形。


横散開
「横ニ散レ」の号令で、1~4番は図のように散開し、5番以下をおおよそ半分に分けて、前半部の兵は左に、後半部の兵は右へそれぞれ駈歩で斜行して、先頭に近い者から逐次間隔を取りながら横に散開する。
分隊の兵全員で射撃を行う場合、突撃を行う際に採る隊形。


擲弾分隊
縦散開
「縦ニ散レ」の号令で、兵は逐次前から距離を取り、続けて前進する。
一般分隊のものと同じで特に違いはない。



筒毎の散開
「散レ」の号令で、先頭の筒は縦に散開しつつ前進する。次の筒は左、他の筒は右にそれぞれ縦に散開しつつ斜行して、各筒の間隔は約12歩となるように併列する。
射手、弾薬手以外の兵は適宜位置する。
小隊の展開後の隊形で、擲弾筒の射撃を行う場合は、基本的にこの隊形。


横散開
「横ニ散レ」の号令で、横に散開する。
小銃での射撃や突撃の際に用いる隊形。



第百十八 分隊長は通常分隊の前方に在りて前進方向を維持す
傘形散開に在りては分隊長は自ら前方に在る散兵を直接指揮し他の散兵は指揮者の指揮に依り勉めて敵眼敵火を避け一意前進す状況に依り一番をして一時前方に在る散兵を指揮せしむることあり

分隊長の散兵指揮
上記の散開の要図を見てもわかるように、分隊長は通常、分隊の前方に位置する。
傘形散開では、分隊長は前方の散兵(1乃至4番:前方散兵群)を指揮し、他の散兵(5番以下:後方散兵群)の指揮は指揮者(上等兵や一等兵)が行う。
指揮者は、散兵を率いてとにかく前進する。この際、地形等を利用して、できるだけ敵眼や敵火から避けるよう努める。
敵の正面から軽機関銃等で射撃し、分隊長は残りの兵を率いて、敵の側面へ前進する…というような場合、分隊の「一番」に前方の散兵(軽機+α)を指揮させることがある。(「一番」の兵は、記述が無いが前方散兵群の班長だろうか?おそらく「指揮者」とは別の存在だろう)

ちなみに、この分隊長の定むる「指揮者」 というのは、いわゆる「副分隊長」のことだろう。と思うかもしれないが、『歩兵操典詳説 第1巻』p.66に以下のような記述ある。

『茲に一言附加して置かねばならぬことは、「分隊長の定むる指揮者は外国の戦闘群に見受ける副分隊長を意味するものではない」と云ふことである。分隊は白兵力と火力とを統合した最小単位であって分隊長を核心とする一体である(分割することが出来ない単位である)。
分隊長が分隊を指揮するのに副分隊長を介して行ふ弊に陥るが如きことは絶対にあってはならない。分隊長は何処までも分隊指揮の唯一人者であると云ふ本質を忘れてはならない。
戦場に於ける火戦の重要性と白兵貯蔵の主義に徹底する為に適任なる優秀者に後方散兵の前進運動に関する指揮を執らしめたものであって、分隊は如何なる状態にあっても分隊長の直接指揮下に在る単位なる趣旨には少しも変化はないのである。』

なんとなく掴み所がないが、「指揮者」が後方の散兵の指揮を執り、分隊長が前方の散兵の指揮を執ると、分隊は2人の指揮官によって2つに分かれることになる。
分隊は最小単位であって、分隊長が唯一の指揮官である。
仮に「指揮者」が分隊の一部の指揮を執ったとしても、それは分隊の一部であって、「指揮者」が指揮官となる独立した部隊ではない。
あくまで分隊長が行う指揮の一部を、「指揮者」が分隊長の意図に基づいて代理として行っているだけであり、分隊長以外の者が分隊の指揮に介入することが無いようにしろ。
というようなことだと思われる。

なんにせよ、同『歩兵操典詳説 第1巻,p.72』によれば、「指揮者」は上等兵や一等兵、つまり普通の兵から選ばれるようなので、おそらく副分隊長と呼べるほどの指揮能力を持ち合わせていないことの方がが多いだろう。
ただし、上等兵は下士官の代理となるような教育(上等兵特別教育)を受けている為、必ずしもこの限りではないが。

指揮者の指揮上の着眼点(歩兵教練ノ参考 第二巻,pp.49-50)
(1) 分隊長の意図の理解及び徹底
(2) 敵特に攻撃目標の状態、敵との距離熟知
(3) 指揮及び連絡に任ずる為前方に位置す
(4) 分隊長に進んで連絡を取ること
(5) 地形地物を利用し敵眼、敵火を避くる誘導
(6) 敵火の状態に応ずる隊形、歩度の適用
(7) 散兵の地形地物利用の監視
(8) 停止地点は前進前予定して之に向かい躍進
(9) 兵に良く指揮者に注意せしむ


第百十九 散開せる分隊は速やかに敵に近接す之が為地形を利用し隊形、歩度を選び且つ敵火の状態に応じ分隊を区分し或いは各個に或いは同時に前進す此の間要すれば匍匐し又は屈身して躍進す敵の有効射撃下に長く停止するときは動もすれば前進の気勢を失い無益の損害を招くの不利あり
分隊を区分し或いは各個に前進せしむるには勉めて不規に発進せしめ敵をして目標を捉うるの
(いとま)なからしむるを要す
散兵は距離間隔を墨守することなく地形地物を利用し且つ不規なる配置を取る此の際著明なる地形地物に蝟集(いしゅう)すべからず

分隊の前進法
敵火の状態に応じて前進法を選択する。
区分前進
区分前進というのは、名称の通り分隊を区分して前進させること。
傘形散開では、1~4番と5番以下の兵で分隊を区分してそれぞれ別に前進する。
状況によっては、これを更に区分して(少数の人員で分けて)前進させるが、過度に細かく区分して指揮が困難とならないように注意する。

各個前進
各個に前進する。つまり、一人づつ前進させる。

同時前進
分隊全部での前進。

区分、各個前進の際は、規則性を持たせた発進等を行わないようにすること。
匍匐屈身は損害を避け、且つ動作の秘匿にもなり、使用する機会が非常に多い動作である。
著明な地形地物に集まらないこと。遮蔽等に便利であっても兵が多数利用すると目標になりやすく、損害を受ける可能性が高くなる。

第百二十 分隊長は敵を制圧せる瞬時又は敵自動火器の射撃の間断に乗ずる等好機を看破し分隊を前進せしめ或いは敵の予期せざる地点に進出する等常に敵の意表に出づるに勉む


説明等は
『歩兵教練ノ参考(教練ノ計画実施上ノ注意 中隊教練 分隊) 第二巻』,1942
『歩兵操典詳説  第1巻』,1942
をもとに作成。

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