中隊教練
第一節 分隊 第一款 攻撃
第百二十一 分隊は小隊長の命令に基づき適時射撃を開始す
射撃は近距離に於いて敵を確認し十分なる効果を予期し得る場合に於いて行う精錬なる軍隊は縦い敵火の下に在りても我が射撃効力を現し得ざるときは自若として前進を続行し妄
(みだ)りに射撃せざるものなり
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射撃開始
小隊長は分隊に対して射撃開始の時機や射撃開始の地点を示す。
分隊が小隊長の命令に基づいて前進し、射撃開始時機・地点に就いた際、分隊長が射撃開始の必要がないと判断した場合は、射撃を行わず、更に目標に向かって前進する。
射撃は近距離で敵を確認して十分な効果が期待できる場合に行う。
ここで言う「近距離」は、600m以内のことである。(諸兵射撃教範 第二部、第203)
600m以内といっても”敵を確認し十分なる効果を予期し得る場合に射撃を行う”ため、実際には500mであったり、100mであったり、場合によっては50m以下というごく至近距離で射撃を開始する場合もあるだろう。
第百二十二 射撃は先ず軽機関銃要すれば之に狙撃手を加え状況に依り先ず狙撃手のみを以って行い敵に近接し火力の増加を必要とすれに至れば更に所要の火器を増加す
火力を増加するに方り過度に小銃を排列するときは我が重火器等の射撃を妨げ且つ突入に先だち無益の損害を被ること多きに注意するを要す
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軽機と狙撃手
射撃はまず軽機関銃で行う。必要であれば狙撃手を加える。射撃圏内にいる敵が少数で、軽機関銃が射撃するまでもない。というような場合など、状況によっては狙撃手のみで射撃を行う。
※“狙撃手”は、諸兵射撃教範では“特別射手”と呼んでいる。
これは、特別射手が狙撃手という呼称になる前に「諸兵射撃教範」が配布されたため。
名前こそ狙撃手だが、分隊の中にあって分隊の一員として運用されるわけだから、現在の区分で言えば選抜射手(Designated Marksman)である。
旧軍には一般的にイメージされる(独立して行動するような)狙撃兵は基本的に存在しない。
当時は狙撃手と選抜射手という区分は無いので、当然、両方区別せず狙撃手や狙撃兵と呼んでいる。
敵に近づくに従い、火力の増加が必要となれば、必要に応じて射撃に参加する兵を増加する。
この際、小銃手を射撃に参加させるために並べ過ぎると重火器の射撃の邪魔となり、突撃の前に無駄な損害を受ける可能性が高いので注意する。
第百二十三 軽機関銃は通常分隊の攻撃(射撃)目標中有利なるものを、小銃手は己に対向せる部に於いて比較的明瞭なるものを選ぶ
狙撃手は通常分隊の攻撃(射撃)目標附近に現出する敵の指揮官、監視所、自動火器等特に有利なる目標を機を失せず狙撃す然れども分隊長は軽機関銃を使用せざるときは所要に応じ狙撃手をして攻撃(射撃)目標中有利なるものを射撃せしむ
分隊長攻撃目標以外の敵を射撃するときは我に特に危害を与うるもの若しくは速やかに殲滅を要するものを選ぶ
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射撃目標
一例
軽機関銃は、分隊の攻撃目標(イ)の中の有利なる目標である敵の軽機関銃
(他の例としては、敵が密集した部分など)を目標とし、小銃手は分隊の攻撃目標中で、自分が対向する部分で明瞭なものを目標とする。
狙撃手は、分隊の攻撃目標の近くに現れた機関銃(ロ)を目標とする。
第百二十四 分隊長は予め目標、射距離(照尺)、要すれば射向修正量、照準点を示し発射を号令す散兵を増加するときは先ず其の位置を示す
射撃開始後は分隊長は通常目標、射距離等の変換を要するときの外号令を下すことなく散兵は停止せば自ら射撃を行う
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分隊長の射撃号令
例えば、
「堆土から右墓地までの散兵(目標) 500(射距離)」、「撃て」
基点を定めて、予め目標等を示す場合は、
「第1基点の左1分画の間にある◯◯ 射撃開始は◯◯ 400」
射向修正量は、九六式軽機で目標から射弾がずれたとき、これを修正するためのもの。
分隊長がその修正量を密位で示すので、横尺を利用して照準を修正する。
照準点は、普通は各兵で決めるが、横風がある場合や採用した照尺と目標の距離が一致しない場合などでは分隊長がこれを指示する。(射教第二部 第123)
散兵を増加する場合は例えば、
「軽機の右(左)へ散れ」といったように位置を示す。
射撃開始以降、分隊長は目標や射距離の変換を行う場合を除き、号令は行わない。
散兵は射撃開始以降、自分で判断して射撃を行う。
第百二十五 軽機関銃射撃の為停止せば二番は自ら射撃位置を選び三番は弾倉嚢を二番の左側に送り四番は三番に弾薬を逓送
(ていそう)し得るを度とし二番を基準として逐次其の左後方に地形地物を利用して伏臥す
一番は敵情及び射撃目標特に弾著に注意し分隊長を輔佐し要すれば直ちに二番に代わりて射撃を行う
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軽機関銃各兵の動作
「一番」は敵情と射撃目標、特に弾着に注意し、分隊長の補佐をする。二番(射手)が負傷・戦死した場合等では、これに代わり射撃を行う。
「二番」は自分で射撃位置を選ぶ
「三番」は弾倉嚢を二番の左側に送る
「四番」は三番に弾薬を送れる位を限度にして、二番を基準にその左後方に位置し、地形地物を利用して伏臥する。
第百二十六 擲弾分隊の射撃は通常小隊長の命令に依る分隊長は目標、距離分画、要すれば筒の位置、射向修正量、弾種を示し発射を号令す
分隊の射撃は目標の状態、目的、発射弾数等に依り異なるも先ず指名射に依り所要の修正を加え各個射を行うを通常とす然れども射撃諸元を得ある場合、状況急を要する場合等に於いては最初より各個射を行うこと多し
射撃位置に就きたる筒は右より順序に第一、第二等の番号を附す
第百二十七 擲弾筒射手射撃位置を占むるや第一弾薬手は射手の傍に到り射手に準ずる姿勢を取り射手の毎発唱うる「込メ」の合図にて装填し装填終われば直ちに次の弾薬を準備す
第二弾薬手は射手の右(左)後方適宜の所に位置し第一弾薬手の弾薬射耗するや之と交代す射手の携帯せる弾薬は最後に使用するものとす
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擲弾分隊の分隊長と弾薬手の動作
擲弾分隊の射撃は小隊長の命令によって行われる。
小隊長の命令を受けた分隊長は目標・距離分画、必要であれば筒の位置・射向修正量・弾種を示して射撃の号令を行う。
例:指命射の場合
「堆土より右一分画に亙る敵の陣地 300」
「第一 撃て」
「第二 撃て」
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・
擲弾筒はその威力と運用の簡便さから濫用傾向にあり、携行弾数の関係もあって小隊長の命令によって射撃を行うこととされ、且つその使用も、少なくとも操典上では主に小隊の突撃動機の作為と陣内戦闘に限定されている。(歩操 第152)
射撃はまず指命射を行い、各筒手は着弾結果を基に方向を修正する。(射教 第179)
分隊長は、指命射の弾着を観測し、各弾着の近い・遠いを判断する。
全弾の弾着が「遠い」か「近い」場合は 射距離を40m修正し、遠弾・近弾の数の比が3分の1以下の場合と、射距離修正を行った後の射弾が全て最初と反対の方向に落ちた場合、20mの修正を行う。(射教 第181)
3筒での射撃の場合の一例
分隊長「目標前方のボサの右の機関銃 300」
各擲弾筒手「第一準備終わり ……第三準備終わり ……第二準備終わり」
分隊長「第一撃て」
第一筒発射
分隊長「第二撃て」
第二筒発射
分隊長「第三撃て」
第三筒発射
三発が次々弾着
分隊長「近し方向良し、近し右、遠し左」(遠近の比が1/2で1/3以上なので修正なし)
各擲弾筒手「第一準備終わり …第二準備終わり …第三準備終わり」
分隊長「各個に二発 撃て」
六発が次々弾着
分隊長「近し方向良し、近し方向良し、近し方向良し、近し方向良し、近し方向良し、遠し方向良し」
分隊長「320」(指命射と各個射を合わせて観察。遠近の比が2/7となり、1/3以下なので射距離を20m修正)
各擲弾筒手「第一準備終わり …第二準備終わり …第三準備終わり」
分隊長「各個に三発撃て」
と言った具合になる。
(これは訓練における例なので、実戦等ではこれと異なっている可能性がある)
この各個射の6発の中で、判別が難しい着弾やどこに落ちたか分からなかったものは、除外して残りの5発の結果で修正を行う。
また、あまりにも長くなるため取り扱えなかったが、実際には、各個射の時に方向がズレる場合は分隊長が修正を行い、風があればそれを考慮して修正を行い、移動目標なら目標の移動量と弾薬の飛行時間を考慮する。擲弾分隊の射撃指揮は行うことが非常に多い。
第百二十八 戦闘間分隊長は指揮に便なる所に位置し兵良く射撃の法則を守るや、良く地形地物を利用するや、良く指揮官に注意するや等を監視す又絶えず小隊長に注意し之との連絡手段を講ず
分隊長は敵情、地形を観察し弾著を観測して分隊の戦闘を有利に導くと共に所要の事項を適時小隊長に報告す
分隊長は敵火盛んなる場合に於いても自ら前方要すれば斜方向の敵を制圧し断乎前進するを要す
敵に近迫し戦闘激烈となるや分隊長は益々旺盛なる志気を以って分隊の儀表となり部下の掌握を確実にし鞏固なる意志を以って任務に邁進すべし
第百二十九 突撃の機近づくや分隊長は要すれば更に小銃手を火戦に増加し益々沈著して火力を発揚し敵陣地特に障碍物、側防機能の状態等を確かめて小隊長に報告し突撃を準備す此の際擲弾分隊長は特に小隊長の企図を承知し随時有効なる射撃を実施し得る如く準備す
敵に近迫せる後は敵の手榴弾投擲距離内に停止せざる如く留意す
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突撃準備
突撃発起の前には突撃準備が行われる。「突撃発起の前」と言っても、具体的にこの地点、敵前何mから行うというものではなく、小隊の展開とともに開始され、突撃発起までに完了するものである。
突撃準備にあたっては、分隊長は必要に応じて小銃手を火戦に増加する。この際、増加する兵は必要最小限に抑え、白兵貯存の主義に徹する。
分隊長は、敵の障害物の種類・強度、障害物と火点との距離、既成の破壊口の場所と程度、側防機能の位置、突撃点付近の地形等、友軍の重火器・砲兵の射弾・射撃の効果や状況などを偵察し小隊長に報告する。
また、突撃発起の予定位置や突入方向等の突撃を実施するにあたっての要領を部下に徹底する。
擲弾分隊は、突撃動作の作為を行う重要な部隊である。突撃準備では小隊長との連絡を密にし、小隊長から射撃準備を命ぜられた場合は、射撃目標と射撃位置を明示して各筒をその位置に就かせ、射距離・発射弾数・方向修正量・弾種などを示して、弾薬を準備し、全ての準備が完了すれば小隊長に報告する。
第百三十 分隊長は自ら好機を発見するか或いは突撃の命令あるときは直ちに突撃の号令を下し率先先頭に立ち全分隊を挙げて猛烈果敢に突入すべし時として軽機関銃をして一時我が突撃を妨害する敵を射撃せしむ此の場合に於いては軽機関銃は機を失せず追及すべし
擲弾筒の射撃集中の効果を利用し突撃する場合に於いては分隊は勉めて前方に位置を占め擲弾分隊と協調し其の射撃の最終弾と共に一挙に突入すべし
第百三十一 擲弾分隊は通常突撃すべき目標に対し急襲的に至短時間に射弾を集中し敵を圧倒震駭せしめ以って突撃発起の動機を作為す
分隊長は所命の弾数を発射し終わるか或いは突進せる分隊に危害を及ぼさんとするに至れば直ちに分隊を率いて突入するか又は所命の地点に進出す
⇒
突撃
分隊は突撃の際は、全分隊を挙げて突入する旨が記述されているが、場合によっては軽機関銃を
一時的に残置して分隊の突撃の支援を行うという記述がある。
軽機関銃でもって敵正面から射撃し、分隊長が率いる分隊の主力(小銃)が側背から突入する。
突撃の途中で新たな敵が出現したときこれを軽機関銃で射撃する。等、用法は状況によって様々だが、いずれの場合でも敵の射撃後には分隊に追従する。
また、擲弾筒の射撃での突撃では、
最終弾と共に一挙に突入すべし の文がある。
擲弾筒に限らず、砲兵の射撃でも
最終弾の爆裂と同時に敵に突入することになっている。
最終弾と共に突入できれば、敵が砲撃の被害から避けようと塹壕内等に頭を下げている間に突っ込めるわけである。
『
歩兵教練ノ参考 第二巻』の例からいくつか掲載すると下のようになる。
好機を発見して行う突撃
命令ある突撃(擲弾分隊の支援)
命令ある突撃(砲兵の支援)
第百三十二 敵陣に突入せば分隊は不撓不屈突撃と射撃とを反復互用し陣内に突進すべし此の間小隊長の命令適時到達せざることあるも分隊長は断乎任務に邁進し良く部下を掌握し前進方向を誤ることなく敵の弱点に乗じ之が撃滅に勉む此の際に於ける分隊長以下の適切なる独断と勇敢なる動作とは既に戦勝の第一歩を占むるものなり
火点
通常自動火器を主体とする個々の敵陣地を謂う に突入せる分隊は蝟集せざること特に緊要なり
敵の逆襲に対しては機先を制して猛射し果敢に突撃し之を撃滅すべし
第百三十三 陣内の攻撃に方り擲弾分隊は損害を顧みず極力小隊の突撃に共同し且つ自ら突撃を実施すべし
敵の逆襲に対しては擲弾分隊は直ちに火力を集中し其の企図を挫折せしむ状況に依り逆襲を支援する自動火器を射撃することあり
⇒
陣内攻撃
「分隊は蝟集せざること」
分隊の前進
(第百十九)のところでも出てきたが、支那事変の際に一箇所に集まって被害が大きくなった様な事例があったようだ。 『歩兵操典詳説 第1巻』p.109
また、同書籍同ページにこのような記述がある。
「日本軍は動もすると一時機の成功に歓喜して無意識に蝟集するの通弊がある」
陣内戦は、射撃と突撃をひたすら反復して敵陣の後端に出るまで行われる。陣内戦が最も熾烈で複雑な戦闘となるはずだが、操典も参考書も取り立てて記述が多いわけではない。塹壕を利用して戦闘するか、塹壕の外で戦闘をするか等の特殊な点は存在するものの、これまで行ってきたことを状況に応じて変化させつつも繰り返すだけである。そういったことから、操典等では詳細にあれこれ制式が定めていないのだろうか。
第百三十四 手榴弾は通常咫尺
(しせき)に近迫せる後行う突撃、側防機能に対する肉薄攻撃、掃蕩等に方り之を使用す
手榴弾を使用して突撃するには通常若干の兵は潜進し不意に投擲せしめ分隊主力は爆裂の瞬時一挙に突入するを利とす
⇒
手榴弾の用法
手榴弾はごく至近距離からの突撃、側防機能に対する肉薄攻撃、塹壕内の敵の掃蕩などに使用する。
手榴弾投擲の突撃は若干の兵を潜進して不意に投擲させて、分隊主力で突入するのが有利である。と操典には記述されているが、当然これ以外の用法でも良い。
第百三十五 分隊長は弾薬の節用に留意し緊要の時機不足なからしむるを要す之が為携帯弾数及び其の補充を考慮し要すれば射撃すべき兵を指定し或いは射撃の時機及び弾数を示し或いは射撃速度を加減する等各種の手段を講ず
戦闘に堪えざる兵を生じたるときは其の弾薬を収集す
分隊長は時々弾薬の現数を小隊長に報告す
⇒
弾薬の節用・携行・補充
弾薬の節用
・射撃を行わず極力近接に努める
・射撃する兵を指定する
・射撃の時機と弾数を示す
・射撃速度を加減する
・戦死、負傷して戦闘に参加できない兵から弾薬を回収する
弾薬の携行・補充
・弾薬の補充は軽機関銃の射撃に支障がないようにすることを主眼とする。
・増加弾薬の携行は、分隊の各兵の体力を考慮してその負担を分担する
一般分隊の場合 擲弾分隊の場合
説明等は
『歩兵教練ノ参考(
教練ノ計画実施上ノ注意 中隊教練 分隊) 第二巻』,1942
『歩兵操典詳説 第1巻』,1942
をもとに作成。