ある程度準備がなされた陣地は通常の場合、「警戒陣地」というものが設けられる。(警戒陣地の他に前進陣地という陣地もある。これも軽易な陣地)
警戒陣地は、「警戒部隊は各地区毎に出し敵情を捜索し且つ主陣地帯を掩蔽するものとす時宜に依り其の全部若しくは一部を以って敵の攻撃を遅滞せしむる等前進陣地占領部隊に準ずる任務を附課することあり」(作戦要務令 第二部,第169)
とある。
旧軍の戦術書等では、他国の警戒陣地も上記と概ね同様の任務を帯びた陣地として扱っている。(当然、国によって規模や配置などは違う)
警戒陣地は、元々第一次世界大戦において、第一線の陣地がすぐ突破されるため、兵力を少なく、疎開して配置し、本抵抗は第二線以降の陣地で行うという流れから生まれたものである。
警戒陣地について簡単に説明すれば以下のようになる。
位置は主陣地帯の前方概ね2〜3km(琢磨社,1939,初級戦術講座 前篇,p.211)
兵力は少なく(作要 第二,第169)、部隊は要点を占領し工事を施す。(作要 第ニ,第182)
この警戒陣地に対する攻撃方法は、主陣地(強固な陣地)に対する攻撃方法とは異なり、
「主陣地に対しては其の弱点に向かい主攻撃を指向すべく、警戒陣地に対しては之に反し其の警戒組織を破壊し捜索拠点を速に奪取するため警戒陣地の要点に主攻撃を指向するを通常有利とす」(陸軍大学校将校集会所,1927,戦術講授録 第一巻,p.114)
と説明されている。
前進陣地についても一応触れておこう。
【前進陣地】
本来の防御陣地(所謂主陣地帯)から前方に独立して占領される一小陣地をいう。(田部聖、奥田昇,1941,典範令用語ノ解〔作戦要務令ノ部〕)
「初級 戦術学教程」(軍事研究社著,1941)では、
『防御に於て前地に於ける要点の過早に敵手に帰せざる為、或は敵の展開方向を誤らしめ又は敵の我が陣地に近接する動作を困難ならしむる等の為陣地の前方に一時占領する陣地を謂う』
と説明されている。
警戒陣地とそれほど大きな違いはないだろう。
濾過戦闘法
上で出典とした「戦術講授録 第一巻」(1927)では、軽易な陣地の攻撃に関し、「濾過戦闘法」なる戦法の説明が記述されている。
「戦闘綱要案第六十八第二項に示されあるが如く敵情捜索の為攻撃の手段を取る場合に於いては攻撃に使用すべき歩兵の兵力は之を必要の最小限とし有力なる砲兵を参与せしむるを有利とす、此の原則は之が実行に任ずる歩兵に在りても小銃分隊の多くを用ふることを避け重、軽機関銃を比較的活動せしめ小銃分隊は地形を利用して侵入し局部迂回を企図して以って敵をして退却するの止むなきに至らしむべし、換言せば濾過戦闘法とす而して第一線に於いて敵と直接戦闘に任ぜざる部隊も亦敵の間隙より前進して速かに所望の地点に進出するに努むるときは偵察戦の目的を速かに達すべき手段なりとす…」(pp.197-198)
また、他のページにはこのような記述もある。
「本状況に於けるが如く敵の前進部隊が広正面に亘り各拠点を占領しあるものを攻撃する場合に於ては攻者は濾過戦法、滲入戦法ともいうべき攻撃方法に依り比較的纏りたる小部隊を広き正面に展開し彼是協力して敵陣地に突入するを適当とす」(pp.221-222)
「濾過戦闘は漸次敵の抵抗増加して前衛独力を以っては前進不可能となるべし、是敵と触接を求め得たる終局にして敵の真抵抗線を確定するを得たりと謂い得べし」(p.199)
「濾過戦闘は漸次敵の抵抗増加して前衛独力を以っては前進不可能となるべし、是敵と触接を求め得たる終局にして敵の真抵抗線を確定するを得たりと謂い得べし」(p.199)
これを踏まえて少し長い文章だが、戦術講授録で述べられている軽易な陣地(ここでは前進陣地について述べているが、警戒陣地と前進陣地は共に軽易な陣地である)の攻撃要領を見てみよう。
「敵の前進部隊に対する攻撃は敵本陣地帯の攻撃と其の趣きを異にす。此の種戦闘は偵察戦にして、その目的は之等敵の抵抗を排除し、為し得る限り深く敵と触接して敵の真抵抗線を確定するに在り、而して防者は通常少数なる兵力を以って各拠点を占領しありて、平等にして到る処配備しあるに在らず。攻者の為、展望点となり、砲兵の観測所たるべき要点を占領し、本陣地を掩蔽し、且つ捜索の要点を占領しあるを以って、攻者も亦た此等の要点を我手に収むるを要するを以って、勢い戦闘は此の要点争奪戦たり、而して各要点中地形を判断し、先一挙に占領し得べき地点、若しくは其の要点を占領せば、是等前進部隊の組織ある抵抗を持続し得ざる地点に着眼するを要す、然るときは要点中の要点に向かうことなるべし。然れども此の要点のみを奪取するものなりと誤解なきを要す、戦線の全幅に亘り敵の抵抗を排除する為、敵の占領せる地点の正面部隊は速やかに攻撃を敢行し、前進容易なる部隊は其の抵抗微弱なる地点を縫うて潜入するものとす。」(p.197)
これが1927年当時の軽易な陣地の攻撃要領である。
時期的には昭和3年(1928)の歩兵操典が出る1年前、つまり、疎開戦闘方式の本採用直前というわけだ。
これ以降で濾過戦闘と言う単語は出てこない。(自分が読んでいない書籍にはあるかもしれないが…)
その後、少なくとも1930年以降の戦術書では、軽易な陣地の攻撃要領に関して、大体似たようなことが述べられるようになっている。
ひとまず2つの戦術書の記述を見てみよう。
『初級戦術講座 前篇』(琢磨社,1939,pp.215-216)※初版は1931年
手段
1.機動の利用
努めて正面の力攻を避け包囲、迂回、間隙突進等に依って敵をして自然に其の陣地を撤するの已むなきに至らしむるが宜敷い。蓋し敵は僅少なる兵力を以って広大なる正面に分散し、主陣地帯防御の如く連続せる歩砲の火網を構成することなく断続的且つ統一を欠き易いものであるから小範囲の機動も亦た成功するものである。
2.火力特に有力なる自動火器を用ふること
過早の損害を避け且つ兵力、企図を秘匿する為努めて歩兵の兵力を少なくし、成し得れば砲兵火力のみを以って撃退し得れば最も望む所である。然し前述警戒部隊の任務に鑑み敵も容易に退却せざるべきにより、優勢なる自動火器を以って圧倒するが宜敷い。特に敵の正面に向かわなければならない場合に於いて益々之を必要とする。
3.巧遅より拙速を尚ぶ
警戒陣地は、多くは最後まで其の地を死守するものではなく早晩退却するものである。故に之が攻撃は前二項の趣旨に依る外、猛烈迅速に之を実施し、以って指揮官以下の退嬰的心理に乗ずる事が此の種攻撃に於いて着意すべき事項である。然しながら一旦攻撃に着手して中途頓挫するが如き事があっては、是又此の種戦闘の一大禁物であるから其の辺は十分なる考慮を肝要とする。
4.要点を速に突破し全般の崩壊を促す
指揮連絡困難なる広正面に点在しある敵に対しては其の要点、或いは指揮中枢を速に奪取し、以って他をして孤立無援の地位に立たしめ、遂に撤退の已むなきに至らしむるを可とす。徒らに全正面を攻撃すべきものではない。
時機
1.前述諸項を応用して昼間之を奪取する
2.敵砲兵の有効なる支援を為し難き黄昏時を利用して一挙に攻撃する
此の際、攻者の砲兵を使用するか否やは状況に依るけれども、準備さえ整えて置けば固定せる防者に対し尚克く効力を発揚し得るものである。
3.夜襲を以って奪取する
損害を避けて不意に攻撃し得るのであるから利用する場合が尠(すくな)くないのであるが、夜戦の特性上諸種の錯誤を生じ易きを顧慮し、時間の余裕を有する事が必要であって、主力の攻撃開始直前に於いて行わんとするが如きは実行に当たり違算を生ずるの憂があるのである。
1.機動の利用
努めて正面の力攻を避け包囲、迂回、間隙突進等に依って敵をして自然に其の陣地を撤するの已むなきに至らしむるが宜敷い。蓋し敵は僅少なる兵力を以って広大なる正面に分散し、主陣地帯防御の如く連続せる歩砲の火網を構成することなく断続的且つ統一を欠き易いものであるから小範囲の機動も亦た成功するものである。
2.火力特に有力なる自動火器を用ふること
過早の損害を避け且つ兵力、企図を秘匿する為努めて歩兵の兵力を少なくし、成し得れば砲兵火力のみを以って撃退し得れば最も望む所である。然し前述警戒部隊の任務に鑑み敵も容易に退却せざるべきにより、優勢なる自動火器を以って圧倒するが宜敷い。特に敵の正面に向かわなければならない場合に於いて益々之を必要とする。
3.巧遅より拙速を尚ぶ
警戒陣地は、多くは最後まで其の地を死守するものではなく早晩退却するものである。故に之が攻撃は前二項の趣旨に依る外、猛烈迅速に之を実施し、以って指揮官以下の退嬰的心理に乗ずる事が此の種攻撃に於いて着意すべき事項である。然しながら一旦攻撃に着手して中途頓挫するが如き事があっては、是又此の種戦闘の一大禁物であるから其の辺は十分なる考慮を肝要とする。
4.要点を速に突破し全般の崩壊を促す
指揮連絡困難なる広正面に点在しある敵に対しては其の要点、或いは指揮中枢を速に奪取し、以って他をして孤立無援の地位に立たしめ、遂に撤退の已むなきに至らしむるを可とす。徒らに全正面を攻撃すべきものではない。
時機
1.前述諸項を応用して昼間之を奪取する
2.敵砲兵の有効なる支援を為し難き黄昏時を利用して一挙に攻撃する
此の際、攻者の砲兵を使用するか否やは状況に依るけれども、準備さえ整えて置けば固定せる防者に対し尚克く効力を発揚し得るものである。
3.夜襲を以って奪取する
損害を避けて不意に攻撃し得るのであるから利用する場合が尠(すくな)くないのであるが、夜戦の特性上諸種の錯誤を生じ易きを顧慮し、時間の余裕を有する事が必要であって、主力の攻撃開始直前に於いて行わんとするが如きは実行に当たり違算を生ずるの憂があるのである。
『初級基本戦術』(舟橋茂著,1942,pp.18-20)
攻撃要領
1.神速機敏なる攻略を必要とす。
2.要点を速かに突破して全陣地を崩壊せしむるを可とす。
3.後方よりの支援火力を制圧する着意を必要とする。
4.奇襲的行動は奏功の要訣である。
5.重火器及び比較的大なる砲兵支援の下に成るべく少数の歩兵を以って直接之が攻撃に任ぜしむるを有利とするが歩兵としては全火力を発揚し一挙に敵を撃破するを要す。
6.敵の出撃に対し顧慮するを要す。
7.指揮官は極力前方に位置するを要す。
8.敵主陣地帯捜索手段の各種処置
要するに敵警戒部隊攻略の要領は、敵が警戒部隊を配置する目的と又我が之を攻略する理由とより監察し、最も神速機敏に之を駆逐する事は奏功の要訣であって、敵の弱点に乗じ捕捉し、又其の退却に際し撒毒の遑なからしむる為にも必要である。
元来警戒部隊の配備は、指揮連絡困難なる広正面に小部隊を点在しあるを以って其の要点を速かに奪取し、他の部分を孤立無援ならしめ、各個に撃滅するか、或いは自然に撤退の已むなきに至らしむを可とす。
徒らに全正面に亘りて攻撃するは、攻撃兵力の増大を来し、爾後の行動の自由を拘束する不利あり。
警戒陣地は、通常、主陣地帯の砲兵火力に依り支援せられあるを以って、之を制圧する為、友軍砲兵によるを至当とす。殊に機関銃を以って支援しある場合は、砲兵並びに歩兵重火器を有利に使用することが肝要である。状況に依りては薄暮夜間を選むか、又は地形、煙等を利用し、大に機動性を発揮し、敵を包囲、迂回、間隙突破等の奇襲を敢行するも一法である。
畢竟(ひっきょう)するに、警戒陣地の攻略は、之が一階梯に過ぎぬから過早に大なる兵力を用ひて兵力を消耗するは本末顛倒であるのみならず、我が企図を敵に察知せらるる不利があるから、勉めて火力に依りて敵を萎伏せしめ、攻略部隊は全火力を発揚して鎧袖一触之を蹴飛ばす着意が必要である。
1.神速機敏なる攻略を必要とす。
2.要点を速かに突破して全陣地を崩壊せしむるを可とす。
3.後方よりの支援火力を制圧する着意を必要とする。
4.奇襲的行動は奏功の要訣である。
5.重火器及び比較的大なる砲兵支援の下に成るべく少数の歩兵を以って直接之が攻撃に任ぜしむるを有利とするが歩兵としては全火力を発揚し一挙に敵を撃破するを要す。
6.敵の出撃に対し顧慮するを要す。
7.指揮官は極力前方に位置するを要す。
8.敵主陣地帯捜索手段の各種処置
要するに敵警戒部隊攻略の要領は、敵が警戒部隊を配置する目的と又我が之を攻略する理由とより監察し、最も神速機敏に之を駆逐する事は奏功の要訣であって、敵の弱点に乗じ捕捉し、又其の退却に際し撒毒の遑なからしむる為にも必要である。
元来警戒部隊の配備は、指揮連絡困難なる広正面に小部隊を点在しあるを以って其の要点を速かに奪取し、他の部分を孤立無援ならしめ、各個に撃滅するか、或いは自然に撤退の已むなきに至らしむを可とす。
徒らに全正面に亘りて攻撃するは、攻撃兵力の増大を来し、爾後の行動の自由を拘束する不利あり。
警戒陣地は、通常、主陣地帯の砲兵火力に依り支援せられあるを以って、之を制圧する為、友軍砲兵によるを至当とす。殊に機関銃を以って支援しある場合は、砲兵並びに歩兵重火器を有利に使用することが肝要である。状況に依りては薄暮夜間を選むか、又は地形、煙等を利用し、大に機動性を発揮し、敵を包囲、迂回、間隙突破等の奇襲を敢行するも一法である。
畢竟(ひっきょう)するに、警戒陣地の攻略は、之が一階梯に過ぎぬから過早に大なる兵力を用ひて兵力を消耗するは本末顛倒であるのみならず、我が企図を敵に察知せらるる不利があるから、勉めて火力に依りて敵を萎伏せしめ、攻略部隊は全火力を発揚して鎧袖一触之を蹴飛ばす着意が必要である。
※これらの原文は句読点等が無く、読みづらかったので勝手に追加した。
2つの書籍からほぼそのまま該当箇所を引っ張ってきたが、どちらも述べていることは大体同じであることが読み取れると思う。
要は、軽易な陣地の攻撃は十分な火力を確保し、少数の兵力でもって敵陣に突入し、要点を速やかに奪取する。といったところだろう。
軽易な陣地攻撃に関して、ここで取り上げていない事柄は多いが、文章の量的にも厳しいのでこれくらいに留めておく。
ちなみに、軽易でない、いわゆる「主陣地に対する攻撃」については、以前投稿した『突撃に就て』(戦術書の説明を丸々転載したもの)が参考になると思う。非常に長いが。
時間がなかったり、面倒臭い場合は『陣地内部の戦闘に就て』の部分を見てもらえるといいと思う。最悪、ここだけでも良い。
『突撃に就て』が掲載されていた書籍は昭和6年のものなので疎開戦闘方式の頃の話だが、突撃関連の要領は後年になってそれほど大きな変化があった訳ではないので(若干違うが...)、戦闘群戦法導入後でも基本的な部分では十分通用する話だと思う。
一応、主陣地の攻撃に関してとても簡単に説明すると、主陣地に対する攻撃は弱点を見つけ、そこを突破したら更に弱点を見つけ…ということを繰り返して、最終的には陣地の後端まで突き抜けるというもの。軽易な陣地攻撃でも似たようなことを述べていた気もするが、部分的には共通することもあるのだろう。
ちなみに、主陣地の攻撃で重要なのは、各級部隊で予備隊を作り、最前線の部隊が突破できた部分にこの予備隊を投入し、突破して出来た穴を横に押し拡げる(戦果拡張)と共に、陣地の後端まで突破する縦方向の突破力を維持する点にある。
最前線の部隊が処理しきれなかったり、放置した敵の処理も基本的にこの予備隊が行う。
また、最前線で突撃・陣内戦を行う部隊(小隊)は、たとえ隣の部隊(小隊)が突破できずに停止したとしても、構わず前進することが歩兵操典でも述べられている。(歩操 第百五十九)
有力な敵とぶつかった場合は、迂回して側背から攻撃して処理するよう努める。
主陣地の攻撃では、警戒陣地攻略の要領のような速やかな要点の奪取等で陣地を瓦解させるといったことが述べられていない。
おそらく敵の兵力や密度、防御設備や軽重火器の量等から、そもそも少数の部隊での敵陣地内への侵入自体が難しいのではないかと思われる。
軽易な陣地の攻撃要領は、(正確かどうかはともかく)一般的に有名な「浸透戦術」と呼ばれている戦法にそっくりだ。
防衛研究所で閲覧できる、阿部昌平氏の
「第一次世界大戦の日本陸軍に及ぼした影響」
によると、浸透戦術は第一次世界大戦後に日本軍でも導入されたそうである。
戦術講授録の文中にも、「濾過戦法、滲入戦法ともいうべき攻撃方法」という一文があった。
「滲入戦法」は、第一次世界大戦後、列強のごく一般的な歩兵の陣地攻撃戦法となっていたそうだ。
日本軍の戦闘群戦法の導入は列強の中では一番遅かったが、浸透戦術の方は、比較的早い段階で導入できたようだ。
この投稿の上の方で出した、1927年の戦術講授録では、軽易な陣地への攻撃の戦法を滲入戦法と呼んでいるようだが、個人的には、浸透戦術(連合軍呼称)の本家とも言えるWW1のドイツ軍のそれは、どちらかというと強固な陣地(主陣地)に対する攻撃の要領の方が近いような気がしないでもない。
むしろ、軽易な陣地から強固な陣地への攻撃まで、全部ひっくるめたものが浸透戦術なのだろうか?
WW1に関してはそれほど詳しくないのでこれ以上は触れないが。
この「浸透戦術」は、非常厄介な代物である。
なにしろ、旧軍には「浸透戦術」という戦術は存在しないのだ。
おそらく「浸透戦術」という名称は戦後使われるようになったものだろう。日本軍でこれに対応する名称は、「滲入戦法」•「滲透戦法」の二つのようだが、この二つもなかなか怪しい。
「滲入戦法」という呼称は、日本軍における「浸透戦術」の当時の呼称と見ていいと思うが、面倒なことに似た名前や別の名称で呼ばれている例がいくつかある。
「滲透戦法」は、「滲入戦法」の説明と同じような、『水の浸透するが如き』という解説がなされていたりするのだが、どうも同じものとしては扱えない印象がある。
ややこしい話になるが、ひとまず浸透戦術の類似品とおぼしきものを列挙してみると、
まず、第一次世界大戦後、列強で一般的になった戦法である「滲入戦法」。
正面攻撃部隊が敵抵抗点をおさえ、側面へ他の部隊が滲入し、包囲し抵抗点を奪取する。というもの。
二つ目は、この投稿の「濾過戦法(滲入戦法)」。
つまり、軽易な陣地への攻撃戦法である。
三つ目は、WW1の1918年春季攻勢のドイツ軍の戦法である「弱点攻撃」(滲入戦法の別名のようだが)。
以前投稿した「対砲兵戦に関する戦史的講話」の文中にもこの呼称があった。
「弱点に攻撃を指向して、最前線の部隊が突破できた方向へ予備隊を投入、弱点から弱点へ。前線部隊は弱点を探し、予備隊によって戦果を拡張、陣地突破。」というのは、イギリスの急流戦法だが、日本軍も主陣地への攻撃で同様の戦法を導入していることはすでに上で触れた。
英軍の急流戦法も日本軍の主陣地攻撃要領も、結局は「弱点攻撃」。つまり、ドイツ軍が使用した「浸透戦術」の一部であると思うが…
四つ目は、ビルマ方面で英軍が行った「滲透戦法」。
これはアジア歴史資料センターで閲覧が可能。
「1、敵の滲透戦法に就て」
「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C14060363300、第33師団戦闘の教訓 昭19.12.25(防衛省防衛研究所)」
これは中隊以上?で行われた戦法のようだ。軽易な陣地に対する攻撃要領に似た要素はあるが、別の戦法と見ていいと思う。
最後が、1944年辺り(?)に出現、対米軍用の戦法として導入しようとしていた「滲透戦法」。組戦法と併用するものらしい。1945年頃から一部の教練書に記載されたようだ。
1944年7月の偕行社記事には、
「徹底して工事を実施し分散、秘匿の戦法を以て一意敵に近迫しなければならぬ。姿なき攻撃前進は即ち地形を利用し、工事を実施し、遮蔽、秘匿しつつ宛然水の滲透するが如き攻撃戦法こそ正に我等の賞用すべきものである。」
という文がある。「水の滲透するが如き」という一文からしても、滲入戦法と瓜二つだが、強度の散開を行い、分隊をさらに細かく分けた編成となる「組戦法」との併用ということを考えると、なんというか、より小戦(ゲリラ戦のこと)に近い戦法のように思える。
元々の浸透戦術はこれほど徹底した隠蔽、分散、散開を要求していないのではないか?日本軍流の浸透戦術なのだろうか?
今現在、単に浸透戦術と呼んでいるものは、旧軍ではこんな状況に置かれていたわけだ。
「滲入戦法」は、“自分の言葉”で説明したい人間が多いのか、別の呼ばれ方をされることがあり、認識や呼称に多少のブレがある。
敵陣地に“滲入”するという要素から考えれば、軽易な陣地と主陣地への攻撃要領の両方を「滲入戦法」と呼ぶのは何らおかしいことではない。似通った部分も多々ある。
だが、軽易な陣地は要点の奪取、主陣地は弱点から弱点へ、予備隊が必須。という、若干異なった攻撃要領であることを考えると、両者を混同するのはあまり適当ではないように思う。
仮に軽易な陣地への攻撃と主陣地への攻撃、全てを引っくるめた大枠の“陣地攻撃の要領”が「浸透戦術」であったのなら、軽易な陣地攻撃用の「浸透戦術」。主陣地攻撃用の「浸透戦術」。というように分割された結果、「滲入戦法」がいくつか存在することになった。ということも言えるだろうが…
これらの考えの正否を直接教えてくれるような資料は今のところない。
「滲透戦法」と呼ばれていた戦法は、ビルマの英軍のものと末期の旧軍のものの二つだが、この二つは名前が同じなだけで全くの別物だろう。
「滲入戦法」と「滲透戦法」は、似たような名前だが、個人的には少なくともこれらが同じものであるとは断言できない。現状では情報不足である。
そもそも戦略や戦術といったものは、人によって解釈が違ったりすることがママある。深く考えずに浸透戦術云々と言わない方が良いだろう。下手をすると、さらに多くの浸透戦術を目にすることになるかもしれない。
今現在、単に浸透戦術と呼んでいるものは、旧軍ではこんな状況に置かれていたわけだ。
「滲入戦法」は、“自分の言葉”で説明したい人間が多いのか、別の呼ばれ方をされることがあり、認識や呼称に多少のブレがある。
敵陣地に“滲入”するという要素から考えれば、軽易な陣地と主陣地への攻撃要領の両方を「滲入戦法」と呼ぶのは何らおかしいことではない。似通った部分も多々ある。
だが、軽易な陣地は要点の奪取、主陣地は弱点から弱点へ、予備隊が必須。という、若干異なった攻撃要領であることを考えると、両者を混同するのはあまり適当ではないように思う。
仮に軽易な陣地への攻撃と主陣地への攻撃、全てを引っくるめた大枠の“陣地攻撃の要領”が「浸透戦術」であったのなら、軽易な陣地攻撃用の「浸透戦術」。主陣地攻撃用の「浸透戦術」。というように分割された結果、「滲入戦法」がいくつか存在することになった。ということも言えるだろうが…
これらの考えの正否を直接教えてくれるような資料は今のところない。
「滲透戦法」と呼ばれていた戦法は、ビルマの英軍のものと末期の旧軍のものの二つだが、この二つは名前が同じなだけで全くの別物だろう。
「滲入戦法」と「滲透戦法」は、似たような名前だが、個人的には少なくともこれらが同じものであるとは断言できない。現状では情報不足である。
そもそも戦略や戦術といったものは、人によって解釈が違ったりすることがママある。深く考えずに浸透戦術云々と言わない方が良いだろう。下手をすると、さらに多くの浸透戦術を目にすることになるかもしれない。
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