2014年12月29日月曜日

対砲兵戦に関する戦史的講話(二)


 一九一六年二月、独軍がベルダン要塞に対し突如攻撃を開始し、「砲兵は最大限に活動し、歩兵は最小限に消耗す」との主義の下に、大巨砲を網羅せる独軍砲兵が射撃精度を第二義とし、簡略なる射撃修正(狭小なる夾叉〈※原文では夾又〉濶度)の下に地帯に対する集中射撃を実施するや、仏軍の驚愕極度に達し、将に独軍に戦勝の栄冠輝くかを思わしめたり。

 然るに、仏軍は之が対応策として歩兵の正面に野砲を以って阻止射撃を実施し、次いでベルダンに於いて仏軍攻勢を取るに至るや、茲に始めて移動弾幕射撃を創案実施し、攻撃成功せしを以って、該法は歩砲協同の最後の解決なりとの思想を抱くに到れり。

対砲兵戦に関する戦史的講話(一)

 昭和最初期の砲兵戦術講授録に記載されている、宝蔵寺砲兵少佐(当時)による『對砲兵戰ニ關スル戰史的講話』は、第一次世界大戦期の対砲兵戦の変遷について簡便にまとめられており、その方面の参考としては好適に思えるので、これを読みやすいようにカナをはひらがなに、旧字体は新字体に直し、句読点と一部の漢字には送り仮名を追加した。

以下、『對砲兵戰ニ關スル戰史的講話』本文

2014年12月21日日曜日

日本軍 近代の歩兵戦法 (三)

戦闘群と疎開戦闘

疎開戦闘方式への転換

大正十二年に発布された歩兵操典草案から陸軍の採用する旧来の散開戦闘方式疎開戦闘方式へ移行することとなった。