陣地内部の戦闘に就て
陣地内部の戦闘は、最初の突撃の準備及び実施と相俟って、十分研究せねばならぬ重要事項であることは既述の通りである。
元来此種の戦闘は、敵の構成した網の中の戦であるから、敵の陣地前に於ける戦闘に比べると著しく紛糾した状態に陥るのは当然のことで、之が為従来は之を紛戦などと云うたものである。
紛戦と云う言葉は之を見たり聞いたりすると何だか訳の分からない無茶苦茶な戦闘と云う様な気持ちがする。其の故(せい)ではあるまいが、演習に於ける陣地内部の戦闘に方(あた)り分隊や小隊等が敵陣内に躍り込むと、確乎たる行動の方針もなくて唯彼方此方に現出する敵や、又は逆襲して来る敵と行き当たりばったりの戦闘をすると云う様なことも決して稀ではない。
之では攻者が却って受身の状態で戦闘することになるので、甚だ面白からざる現象である。苟も攻者たるものは陣地の外部であろうが内部であろうが、常に確乎たる行動の準拠を有し、之に基づき着々と自己の欲する如く戦闘を進捗せしめて行かねばならぬ。即ち飽くまでも積極的に働きかけ的に戦わねばならないのである。
而して之を為さんと欲せば、先ず第一に陣地内部の戦闘に精通するの必要がある。精通して確乎たる自信を有して而して整々堂々と戦う必要がある。幸いにして歩兵操典は陣地内部の戦闘に就いても従来に比べると余程明確詳細に示して居るから、以下之を基礎として少しく研究して見よう。
陣地内部に於ける戦闘の進捗状態は甚だ区々で、之を師団全般から見たならば、某部分は戦闘有利に進捗して敵を撃破しつつどんどん前進を続行して居るのに、某部分は戦況意の如くならず悪戦苦闘を続けて居るが中々前進が出来ない。
又初めは頗る順調に突進し得たが中途に於いて頑強なる敵の抵抗に遭い、爾後前進の渋滞する部分もあれば、之に反対の部分もある。又中には第一図Aの部分の様に折角敵陣地に進入した所が、強大なる敵の逆襲に会い再び陣地外に撃退された所なども出来ると云う工合で、其の一般状態は概ね第一図の様な景況になることと思う。
次には此等戦線中の局部毎に就いて、各部隊が如何なる要領により、戦闘を進捗せしめて行くかを研究して見よう。
敵の陣地帯を突破するには、最初第一線の小隊が1の様に突破孔を開けたならば、直に之に中隊の予備隊を注入して其の孔を2の如く拡大し次いで大隊予備、連隊予備等を逐次之に注ぎ込み3、4の如く大きな孔にするのである。(第二図)
扨(※”さて”と読む)右(※下図)の如く敵陣地に孔を開けて、逐次に之を拡大して行く為には、其の都度A、B、Cなる力が働かねばならぬ。就中Aの力は敵の抵抗が通常最も強い処に向かうのであるから最も強く且つ常に其の消耗せる力を補充する必要がある。
而して此消耗の補充は予備隊に待つより外はない。B、Cなる力は横方向に対する戦果拡張力で、之亦予備隊の任務である。
右の如くであるから、縦深ある敵陣地を突破するには、予備隊はなくて叶わぬ大切なもので、敵陣地が堅固であればある程強大な予備隊を必要とする。
A力に就いての考察
Aなる力は小隊に在りては、火線分隊に当たり、中、大隊等に在りては第一線の小、中隊等に相当するのであるが、此等の第一線部隊は命ぜられたる方向に脇目も振らず突進し、速に敵陣地の後端に進出することを勉めねばならぬ。
之を錐を以って板に孔を開ける場合に例えて見れば、第一線部隊は錐の尖端に当たり、一意其の前進方向に孔を深めつつ前進すべきもので、一度尖端で開けた小さな孔を更に錐の太さ相応の大きさ、即ち部隊相応の大きさに拡げて行くことは後方部隊の任ずる所である。
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